再出発した川崎宗則に感じた野球選手としての進化と更なる探究心

2年ぶりにグラウンドに戻ってきた川崎宗則選手は明らかに進化していた(筆者撮影)

【川崎宗則の再出発を追ったドキュメンタリー】

 昨年末NHK BS-1で放送された『ザ・ヒューマン』を観てもらえただろうか。

 昨年7月にCPBLに再加入したばかりの味全ドラゴンズ入りを決め、2年ぶりにグラウンドに戻ってきた川崎宗則選手。あまり日本に情報が入ってこない中で、彼の奮闘ぶりを追ったドキュメンタリーだ。

 取材班に加わった1人として、川崎選手が異国の地でどれほど真剣に野球に向き合ってきたかを多くの人たちに実感してもらえたかと思っている。

 この番組はすでに3回の再放送が決定しているので、見逃した方は番組HPを確認して欲しい。

【再出発したムネリンは打者として別人に】

 実はNHKの取材を開始する前に、台湾出発を控えた川崎選手の元へ行き、自主トレを見学させてもらっていた。それが本人とも2年ぶりの再会だった。久しぶりに川崎選手を目にして感じたのが、外観の変貌ぶりだった。

 身体中に以前と比べものにならない筋肉をまとい、野球選手というよりもラグビー選手や格闘家のように見えた。特に肩甲骨周辺の筋肉は盛り上がり、服の上からでも見事な逆三角形になっているのが確認できた。まさに別人だった。

 その後打撃練習を見せてもらったところ、肉体改造の効果は明らかだった。ボールを打つ度にボールが潰れるかのような激しい打撃音が響き渡り、打球速度も明らかに速くなっていた。その姿は間違いなくパワーヒッターのものだった。

 表舞台から姿を消していた川崎選手が、相当に厳しいトレーニングを積んでいたのかが、容易に想像がついた。

【マイケル・ジョーダンもブランク後に進化】

 その後台湾で川崎選手を取材しながら、何となくマイケル・ジョーダン氏と重ね合わせている自分がいた。

 ジョーダン氏について多くを語る必要は無いと思うが、ブルズで3連覇を達成した直後に父の不慮の死に接し現役引退を表明。その後父の夢を叶えるため、MLB選手を目指し野球界に転身した。

 結局マイナーリーグで結果を残すことができず、シーズン途中ながら2年ぶりにブルズに電撃復帰を果たし、翌シーズンから再びチームを3連覇に導き、NBA史上屈指の伝説として語り継がれる選手になった。

 ジョーダン氏が公の場で認めているように、彼にとってMLB挑戦は決して無駄なことではなく、バスケ選手として進化する重要な機会となった。関係者やメディアも、復帰後のジョーダン氏の進化を評価している。

 川崎選手も前述通り、野球選手として大きく変化している。ジョーダン氏同様に、ブランク期間で進化することができたということだ。

【背景にあるのはMLB時代の苦い経験】

 実際に台湾で実戦に臨んだ後も、川崎選手の肉体改造は効果てきめんだった。すでに本欄でも報告しているが、アジアウィンターベースボール(AWB)開幕前まで行ってきた練習試合の個人成績で、川崎選手の長打率.594はチームに2位にランクするものだった。

 投手のレベルに関係なく、速い打球を打つ、打球を遠くに飛ばすということは、あくまで個人の能力だ。この長打率こそ、川崎選手が打者として追求してきたことであり、進化を遂げた明らかな証なのだ。

 実は川崎選手はMLB時代に、この長打力に泣かされてきた。彼はブルージェイズ、カブスで控え内野手として、ロースターの最後の一枠を争ってきた。しかし首脳陣は川崎選手ではなく、控え内野手としてだけではなく代打として長打が期待できる別の選手を選んできたのだ。

 彼はマイナーとメジャーを往復する日々を過ごしながら、長打力の必要性を痛感していた。そうした苦い経験があったから、現在の川崎選手が誕生したはずだ。

【今も進化は続いている】

 川崎選手の進化は台湾に渡っても続いていた。味全で出会ったストレングスコーチやトレーナーの指導の下、新たなトレーニングにも取り組み、さらに肉体改造を続けていった。

 これまで川崎選手の自主トレをサポートしてきた関係者も「下半身が大きくなっていませんか?」と驚いていたほどで、実際に本人に確認しても台湾に来てから肉体が変化していたという。

 理想の野球をプレーできるように、今なお貪欲な探究心を持ち続けているからだ。野球に対する情熱は、むしろ現在の方が高まっているのかもしれない。

【ムネリン節に翻弄された台湾メディアが報じた引退騒ぎ】

 その一方で、再出発は決して順風満帆なものではなかった。個人として自主トレは続けてきたが、チーム練習や実戦は2年ぶりのことだった。右肩炎症や右脚ハムストリングの張りと不測の事態に見舞われ、AWBではわずか2試合の出場に留まった。

 だが実際のところは、負傷したハムストリングは無理をすればプレーできる程度の軽症だった。ただ無理をさせたくないということで、首脳陣が川崎選手の起用を控えていたのだ。それは来シーズン以降を見据えた措置だったともいえる。

 もちろん現在の川崎選手が簡単に野球を手放すはずもない。ところが台湾では川崎選手の引退報道が飛び交っているのをご存じだろうか。

 きっかけはAWB最終日に台湾メディアの取材に応じた川崎選手が「味全と再契約できなければ実家の電気屋を継ぐ」と発言していたためだ。もちろん川崎選手ならではのリップサービスなのだが、台湾メディアはそれを鵜呑みにしてしまったのだ。

 ただ川崎選手は「是非鹿児島の自主トレを見学しに来てください」とも話しており、冷静に考えれば引退などないと想像がつくはずなのだが…。完全に“ムネリン節”に翻弄されてしまったようだ。

 もちろん川崎選手は帰国後も自主トレの日々を過ごし、しっかり来シーズンを見据えている。まだ味全との再契約は決まっていないが、来シーズンもグラウンドに立つ川崎選手を見られることだけは間違いない。

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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