Yahoo!ニュース

現役引退を前にどうしても田中賢介に確認しておきたかったこと

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
現役最後の記者会見に臨む田中賢介選手(筆者撮影)

【どうしても立ち会いたかったある選手の引退試合】

 9月29日にパ・リーグが公式戦の全日程を終了した。各チームともに終盤の数試合を、今シーズン限りでユニフォームを脱ぐ選手たちの引退試合に当てていたが、その中で個人的にどうしても引退試合に立ち会いたい選手がいた。

 その選手とは、昨年オフに今シーズン限りでの現役引退を表明していた、日本ハムの田中賢介選手だ。彼が2013年から2年間MLB挑戦していた際に現場で取材し、日本ハム復帰後も何度か取材させてもらってきた。

 だが田中選手が引退試合に臨む日まで、まだ彼に聞くことができなかった質問があったからだ。それを確かめるため、札幌に足を運ぶことにした。

【感動的な引退セレモニー】

 MLBには引退試合という習慣がないため、日本スタイルの引退試合を現場取材するのは今回が初めてのことだったが、これほど感動的なものだとは想像もしていなかった。まるでこの日の試合は、田中選手のワンマンショーのようだった。

 超満員に膨れあがった観客席は田中選手のイメージカラーのピンク一緒に包まれ、彼が打席に立つごとに“賢介コール”が鳴り響く。8回の第4打席では、感極まった田中選手が目に涙を溜めながら右翼フェンス直撃の適時打を放ち、あまりに出来過ぎた筋書きのないドラマに感動すら憶えた。

観客席がピンク一色に包まれた札幌ドーム(筆者撮影)
観客席がピンク一色に包まれた札幌ドーム(筆者撮影)

 そしてそのボルテージを引き継ぎなら、引退セレモニーへと移行していった。

【メッセージに隠れた自分が求めていた答えの一部】

 彼はセレモニーでファンに対し約7分間のスピーチを行ったのだが、実はその中に自分が知りたかった田中選手の思いが入り交じっていた。

 以下、メッセージの内容を抜粋する。

 「(千芳夫人に対し)今日でプロ野球選手としての田中賢介は終わりますが、なんせこんな性格なので、これからも自分の信じる道に向かってどんどん突っ走っていくと思います。どうかこれからもよろしくお願いします。

 そして息子たち、また北海道、全国の子供たち、家族はどんな時も君たちの味方です。いつも温かく見守っています。だから失敗を恐れずどんどんチャレンジして欲しい。私もたくさん失敗してきました。そしてこれからもたくさん失敗すると思います。

 アメリカでうまくいかず帰ってきた僕に、ファイターズという家族は温かく迎え入れてくれました。あの時の“お帰り”という声援は(声を詰まらせながら)本当に嬉しかったです」

【2年間のMLB挑戦は単なる失敗だったのか?】

 田中選手のメッセージにあるように、2年間のMLB挑戦は田中選手の中でも「うまくいかなかった」ものだった。

 確かに2013年にジャイアンツ、翌2014年はレンジャーズに在籍しながら、MLB公式戦出場はジャイアンツ時代のわずか15試合に留まっている。この結果だけを見れば、彼のMLB挑戦は、失敗に終わったと評する声が上がっても仕方が無いだろう。

 だがそれは単なる失敗と片づけ、無駄な2年間だったと考えていいのだろうか。MLB挑戦の2年間、MLBの公式戦のみならずマイナーリーグの試合にも回り、さらに自主トレの手伝いをさせてもらった自分としては、米国で苦しみながら試行錯誤していた田中選手の努力を失敗、無駄という表現で終わらせていいものだとは思えなかった。

【イチローも口にしてきた「失敗しないと深みが出ない」】

 MLB日本開幕戦を最後に現役引退したイチロー選手が、あるTVニュース番組で「まったくミス無しでそこ(目標の場所)に辿り着いたとしても深みは出ない。遠回りすることがすごく大事。無駄なことって結局無駄じゃないという考え方が大好き」と話している。

 田中選手の2年間も、彼の野球人生、さらには野球以外の田中賢介という人間の人生において、大きな意味を持つものだったはずなのだ。

【心から「本当に行って良かった」】

 引退セレモニーを終え、現役選手最後の記者会見に臨んだ田中選手に、あの2年間についてようやく尋ねることができた。

 「(米国挑戦に)行かなきゃ良かったって言う人もたくさんいると思いますし、表面的にはここに残って2000本目指すっていう選択肢もあったと思うんですけど、人生長いのでそこは僕が自分で決断して、敢えて苦しいところに挑戦してということが、自分の人生にとってプラスだと自分で判断したので、そこは迷いなく行かせてもらいました。

 アメリカで失敗したことが…、絶頂期に行けてそれで失敗できたことが、この(日本ハム復帰後の)5年間だけでなく、この先の人生に大きくプラスになると僕は思っているので、本当に行って良かったと思っています」

【MLB挑戦に最も必要なチャレンジスピリット】

 田中選手のMLB挑戦はジャイアンツ、レンジャーズともに、マイナー契約からのスタートで、そこからメジャー入りを目指すというものだった。すでに千芳夫人と結婚し家庭を持った田中選手にとっては、かなりリスクの高い契約といっていい。

 だが日本人選手にMLB挑戦の道を開いた野茂英雄投手もまた、マイナー契約からのスタートだったし、彼の後に続いた日本人選手たちも、まだ日本人選手の評価が定まらない中で、マイナー契約やメジャー最低年俸での挑戦を受けて入れてきた。

 彼らの共通した思いは、とにかく世界最高峰の舞台で自分の力を試したいという純粋なチャレンジスピリットだけだった。それを引き継いだのが田中選手だった。

 現在は日本人野手のMLB挑戦はますます難しくなっている。以前のように大型契約を獲得するのはほぼ不可能な状況だ。だがチャレンジスピリットさえ忘れなければ、必ずMLBは日本人選手を受け入れてくれるだろう。

 どんな結果になろうとも無駄なことは何一つない。改めて田中選手のMLB挑戦に拍手を送りたい。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

菊地慶剛のスポーツメディア・リテラシー

税込550円/月初月無料投稿頻度:月3、4回程度(不定期)

22年間のMLB取材に携わってきたスポーツライターが、今年から本格的に取材開始した日本プロ野球の実情をMLBと比較検討しながらレポートします。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

菊地慶剛の最近の記事