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総額43億円を無駄にしてもベテラン選手を解雇 MLBには存在しない“飼い殺し”という概念

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
あと2年の契約を残しながらブルージェイズが解雇したトロイ・トゥロウィツキー選手(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 ブルージェイズは現地11日、ベテラン遊撃手のトロイ・トゥロウィツキー選手の解雇を発表した。同選手はウェーバーを経た後にFAとなり、新天地を求めていくことになる。

 すでに日本のメディアも報じている通り、トゥロウィツキー選手は2010年オフに前所属先のロッキーズと10年契約を結んでおり、あと2年の契約を残していた。もちろん解雇してもブルージェイズは残された契約分の年俸を支払う義務があり、その総額は2019年の2000万ドルと2020年の1400万ドルに加え、チームがオプション権を有する2021年契約の破棄料400万ドルを含めた3800万ドル(約43億円)に上る。

 つまりブルージェイズは今回の解雇で、今後2年間約43億年を無駄に浪費することになるわけだ(ただトゥロウィツキー選手のような大型契約を結んだ選手の場合、チームが保険をかけているケースが多い。彼は負傷のため出場できなくなっていたので、保険が有効になりチームに保険会社からある程度の額が支払わる可能性もある)。それでもチームには、トゥロウィツキー選手を放出しなければならない明確な事情が存在しているのだ。

 2015年シーズン途中にロッキーズからトレードされたトゥロウィツキー選手は、チームの主力選手としてチームが2年連続ポストシーズン進出に貢献した。だが2017年シーズンに右太ももと足首の負傷で7月28日の公式戦を最後に戦線離脱。シーズン終了後に右足首の手術を受けたが、復帰を目指した2018年シーズンは一度も出場できないまま終了している。

 一方でトゥロウィツキー選手の長期離脱中にチーム内に若手選手が台頭。来シーズンは遊撃手はおろか控えも含め内野陣が埋まっている状態になっていた。たとえトゥロウィツキー選手の復帰のめどが立ったとしても、彼がメジャー公式戦出場に必要な25人枠に残れる状態にはなかったのだ。

 もしこの状況がNPBで起こっていたとしたならば、トゥロウィツキー選手は間違いなく契約が満了するまでチームに残っているだろう。高額年俸を無駄にしたくはないし、若手選手が期待通りの活躍をしてくれなかった場合の代替選手として残しておきたいからだ。ただチーム構想から外れているのだから1軍で出場できる可能性は低く、単なる保険としての残留でしかない。いわゆる“飼い殺し”だ。

 だがMLBではベテラン選手の飼い殺しは不可能だ。マイナーへ降格できるオプション期間が終わったベテラン選手たちはメジャー契約を結んでいる限り、25人枠に残しておかなければならない。逆に25人枠から外すには、彼らを25人枠選手を選ぶ大枠の40人枠から外さなければならないのだ(いわゆるDFA)。

 つまりブルージェイズの25人枠が埋まってしまっている以上、トゥロウィツキー選手は復帰できたとしても遅かれ早かれDFAになり、FAとしてチームを去るか、自ら希望してマイナー契約を結び直して(それでも既存契約は有効)マイナー選手としてチームに残るしかなかったのだ。

 ちなみにDFAには、措置後のウェーバー中に他チームが手を挙げ移籍するという選択肢もあるのだが、高額契約の支払い義務を肩代わりしてまで長期離脱中のトゥロウィツキー選手を欲しがるチームは存在するはずもない。それを重々理解しているからブルージェイズもトゥロウィツキー選手側と話し合い、DFAをせずに解雇に踏み切ったのだ。

 またこの時期の解雇は、実はトゥロウィツキー選手側にとっても都合がいい面がある。このままチームに残り、シーズン中にDFAされFAになるよりも、まだ各チームが編成作業を続けているオフの方が、明らかに他チームとも交渉しやすくなるし、新しい所属先が見つけやすくなるのだ。

 こうしたDFAやマイナー降格のオプション等々、MLBと選手会が労使交渉を重ねながら生まれた制度だ。選手をプロテクトするために誕生した制度ではあるが、時にはベテラン選手の選手生命を奪うこともある。NPBのようにもう1軍で使ってもらえないのが分かりながらチームに残るのと、MLBのように飼い殺しされずに新たな道を模索できるのとでは、選手にとってどちらが幸せなのか。難しいところではある。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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