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大谷翔平報道で米メディアは本当に掌を返したのか?

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
大谷翔平選手は今や米国で最も注目を集める野球選手になった(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 シーズン開幕から投打ともにロケットスタートを切り、MLB球界に大きな衝撃をもたらした大谷翔平選手。今や日米両国ですっかり時の人になってしまった。それに伴い、大谷選手の報道も過熱の一途を辿っているようだ。特に日本ではTVのバラエティー番組でも連日特集を組んで取り上げられるほどの熱の入りようだ。すでに“大谷フィーバー”が起こっているといっても過言ではないだろう。

 そうした日本の報道に触れどうしても気になっていたのが、米メディアの捉え方だ。大谷選手の衝撃的な活躍に米メディアは開幕前とは違い、“掌を返した”報道をしているとし、TVのコメンテーターの中には「溜飲が下がった」とか「ざまあみろ」のような発言をしている人もいる。だが本当にそうなのだろうか。

 実はこの1ヶ月半の間、有料記事上で日米報道を検証しながら大谷選手の現状をレポートしてきた。どうしても日本の報道だけでは大谷選手の実情を捉えきるのが難しいと考え、読者の方々に別の視点を提供したいという思いからだった。そこでもレポートしてきたように、日本での米メディアの捉え方は明らかに“偏り”がある。

 最近の報道を見ていてもTV番組などでは、米の主要メディアの報じ方が開幕前後で変わっている様子を取り上げている。例えば開幕前に懐疑的な見方をしていたメディアとして『ESPN』や『ヤフースポーツ』らの名を挙げ、こんなに報道ぶりが変わっている、といった具合だ。

 そもそも主要メディアも複数のレポーターや記者を抱えている。1人の記者が大谷選手について懐疑的な記事を書いたからといって、その媒体すべてが懐疑的だったというわけではない。有料記事でもレポートしているように、開幕前から大谷選手を擁護する記者やレポーターも少なからず存在していたし、その中には『ESPN』のベテラン・レポーターも入っている。

 また日本のメディアの中には『ESPN』が開幕前に「大谷選手は1Aからスタートすべきだ」と報じているとしているが、あくまでレポーターはスカウトの意見を紹介しているだけで、レポーター自身はまったくその意見に同調してたわけではない。あくまで中立の立場で伝えているのだ。

 エンゼルスの地元メディアにおいても懐疑的な報じ方をしていたのは『LA Times』紙くらいで、MLB公式サイト(のエンゼルス担当記者)では大谷選手の開幕メジャー入りを予想していたし、中でも『Orange County Register』紙は、3月16日のロッキーズとのオープン戦で2回途中降板した後も「打たれはしたが芯で捉えた当たりはなかった。まだ評価するには早すぎる」と冷静に分析していた。

 要は日本メディアが“つまみ食い”報道をし、開幕前に大谷選手に懐疑的な意見や論評ばかりを紹介し、擁護派の意見をほとんど報じてこなかったということだ。つまり大谷選手に懐疑的な意見で一色だった米メディアが開幕後の活躍を見て一変し、賞賛一色に変わったというのは間違った認識だということだ。日本と同じように、開幕前にも擁護派もいれば懐疑派もいたのだ。

 ただ擁護派も含め、誰1人として開幕から全米を揺るがすような活躍をするとは思っていなかった。だからこそ現在の米メディアは賞賛と驚嘆一色に染まっている。それも日本と何ら変わりはない。また擁護派の米メディアの中には「まさかここまでの選手だったとは」と、大谷選手の想像を超えた活躍をむしろ楽しんでいるようにも感じられる。

 これまで長年MLBを取材してきた中で、全米中を巻き込むフィーバーを巻き起こした日本人選手は野茂英雄投手とイチロー選手しかいなかったと思っている。しかしそんな2人でも、開幕わずか1週間あまりでここまでも衝撃をもたらすことができなかった。このままの活躍を続ければ、間違いなく大谷選手は3人目の選手になるだろう。

 あくまで個人的な意見ではあるが、“掌返し”という側面でいうならば1995年の野茂投手を報じた日本メディアではないか。任意引退選手の身分からドジャースとマイナー契約を結んだことでほとんどのメディアが裏切り者扱いをしてきたのに、MLBでセンセーショナルな活躍をした途端一斉にヒーロー扱いしたのは今でも記憶に新しい。

 これからも当面は大谷選手の話題で盛り上がることになるのだろう。もうすでに十分に人々の関心は高まっている。今後はむしろ冷静な分析が求められるのではないだろうか。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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22年間のMLB取材に携わってきたスポーツライターが、今年から本格的に取材開始した日本プロ野球の実情をMLBと比較検討しながらレポートします。

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