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大谷翔平の投手としての“小さいが大きな”変化~野球医学の視点から~

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
医学的見地から大谷翔平選手の投球動作に“ある変化”が起こっている(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 スプリングトレーニング中は投打ともになかなか結果を出せなかった大谷翔平選手が投手としてのデビュー戦となった4月1日のアスレチックス戦で、6回3安打3失点6奪三振の好投を演じ初登板&初勝利を飾った。その後も打者として3試合連続本塁打を放つなど、MLBに登場した久々の二刀流選手として早くも日米でセンセーショナルを巻き起こしている。

 シーズン開幕前後のあまりの豹変ぶりに驚嘆させられた人も多かったはずだ。スプリングトレーニングが行われた砂漠地帯のアリゾナを離れ環境が変わるなど様々な要因が指摘できるが、根本にあるのは大谷選手の適応力の高さだといえる。そんな中、医学的見地から投手としての大谷選手に“ある変化”が起こったと指摘する整形外科医がいる。

 国立病院機構西別府病院スポーツ医学センターで副センター長を務め、野球医学科で診療を続けている馬見塚尚孝医師だ。馬見塚医師は自らも大学時代まで投手として活躍し、医師として野球障害に苦しむ選手たちの治療に当たる一方で、医学的見地から一次予防(障害を未然に防ぐ)を目指し現場指導も積極的に行っている。また野球界に野球医学の知識を広めるために、執筆や講演活動にも熱心に取り組んでいる。そんな馬見塚医師が1日のアスレチックス戦の投球を見て、日ハム時代との違いを感じたのだという。

 「これまで大谷選手は投球動作の中で体幹を一度三塁方向に倒してから投げていたのですが、前回の投球ではこの動きではなく二塁方向に主に傾斜するようになっていたんです。これまで直した方がいいなと思っていたところが修正されていたので、おっと感じました」

 まずはアスレチックス戦の投球フォームを見てほしい。馬見塚医師が指摘するように、大谷選手は左脚を上げながら体幹が二塁側に傾斜しているのが解るだろう。これが日本ハム時代だと前に倒れていたというのだ(本来なら日本ハム時代の動画と見比べてほしいところだが版権の関係もあり掲載を見合わせました)。

 「球速を上げるには大きな運動エネルギーをボールに与えることが必要になってきます。物理的な話になりますが、運動エネルギーは質量に速度の二乗をかけそれを1/2にしたもの(1/2mv2の二乗)になります。質量的には体幹が(体重の)48%、腕が8%と言われており、腕以上に体幹の運動の方向や速度の大きさが球速やコントロールの重要なファクターになってくるんです」

 馬見塚医師によれば、この体幹の速度を上げるために投手が行っている動作は大きく4つに分けられるのだという。それらは体幹を主に二塁側に一度傾斜して投げる『ステイバック型』(桑田真澄投手が代表的)、真っ直ぐ立った位置からヒップファースト(お尻からホームプレート方向に移動する)をして投げる『ヒップファースト型』(藤浪晋太郎投手が代表的)、体幹を主に捻って速度を生み出す『回旋型』(野茂英雄投手が代表的)、そして体幹を前に倒す『前方傾斜型』(以前の大谷選手が代表的)──になる。

 つまり大谷選手は直近の投球で『前方傾斜型』から『ステイバック型』に変化していたということなのだ。馬見塚医師はそれを“改善”と表現しているわけだが、体幹が前に倒れるのではなく、二塁側に傾斜するようになったことで何がよくなったのだろうか。

 「速いボールをコントロールよく投げる方法としては、野球現場ではよく“力を抜いて投げろ”と言われますね。ステイバック型は重心バランスを取りながら体幹を倒すことで、“脱力して”位置エネルギーを大きく利用しながら大きな体幹の速度を投球方向に上げることができるのです。力をあまり使わないで動作を行えるので、繰り返す投球の中で疲労しても安定した投球が可能となり、コントロールがよいと考えています。まさに桑田投手です。

 一方、前方傾斜型は投球方向と違う方向に体幹が動きますので、この体幹の姿勢を制御するために別の力を必要とすると考えられます。この追加の力が必要になるために、動作の再現性が下がるためコントロールが乱れやすいと考えています。

 一般的にステイバック型の投手の方がコントロールがいいんです。もちろんコントロールがよければ球数を減らせることができるし、無理に全力投球をしなくても相手を打ち取ることができるわけですよね。そうなれば投球パフォーマンスも向上し、投球障害のリスクも下がるんです。

 私が動作指導をする上で第一に介入しているのがこの部分です。(今回の大谷選手の投球を見て)スピードは落ちていないので、スピード・パフォーマンスを低下させずにコントロールがよくなって、さらに障害リスクが少なくなったのではと感じました」

 つまり医学的見地から考察すると、外見上は小さな動作的変化が、実は大谷選手の投手人生をも大きく左右するような変化だったということになる。

 「今回初めて体幹の動作の変化を見たので、いつからなのか解りませんし、誰が介入したのかも解りません。たまたま今回だけだったのかもしれませんし、また(元に)戻っているかもしれません」

 元々大谷選手はやや制球力に問題がある投手だったが、アスレチックス戦では四球はわずか1つで、ストライク率も68.5%(92球中63球がストライク)と非常に高かった。まさに馬見塚医師の指摘を裏づけるような結果だった。

 今後も大谷選手の体幹の動きに注視しながら彼の投球をチェックしてみたい。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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