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データで判明した“投手”大谷翔平のデビュー戦の衝撃

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
投手として鮮烈デビューを飾り全米中に衝撃を与えた大谷翔平選手(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 MLB初登板&初勝利を成し遂げ、投手として鮮烈デビューを飾った大谷翔平選手。スプリングトレーニング中には投打ともに不安定な成績を残し、米メディアの中から開幕メジャー入りに懐疑的な意見が飛び出していたが、それを完全にかき消すかのように全米中が衝撃と賞賛の声に包まれた。

 エンゼルス広報が同チーム関連の報道をまとめた4月2日版の「Press Clips」によれば、なんと計25媒体が大谷選手の“投手”デビュー戦を報じている。もちろんその内容は一様に肯定的な内容ばかりだ。中には『New York Times』『Washington Post』『San Francisco Chronicle』の地方紙や『Business Insider』のビジネス専門サイトまで含まれている。改めて全米中が注目していたことが理解できるだろう。

 中でも印象的だったのが、MLB公式サイトが『What we learned about Ohtani's arm in first start』とのタイトルで報じた記事だ。同サイトでデータ解析を担当しているマイク・ペトリエロ記者がデビュー戦の投球内容をデータ分析し、解説したものだ。同記者は昨年12月にも日本ハム時代のデータを入手し、MLB投手たちとの比較検証を行っている。

 まずデビュー戦で印象的だったのがやはり球速だろう。記事によれば、大谷選手は全92球中39球の速球を投げ、その平均球速は97.8マイル(約157.4キロ)だった。これを昨年のMLB先発投手と比較すると、100球以上速球を投げている268投手の中で今回の大谷選手を超えるのはノア・シンダーガード投手たけだという。ちなみに大谷選手の2017年の平均球速は97.5マイルだったことからも、デビュー戦からしっかり自分本来の球速を出せていた。今更ながらスプリングトレーニング中にしっかり調整できていたことが解る。

 また39球中12球が98.5マイル以上を計測していた。そこで昨年1試合で99マイル(98.5を四捨五入)以上の速球を12球以上投げた先発投手を調べてみると、たった6人しか存在していない。今回大谷選手はそれを6イニングで12球以上に到達しており、その点でもペトリエロ記者は彼の凄さを指摘している。

 ただ速球以上に印象的だったのが変化球だった。

 まずスプリットだ。大谷選手はデビュー戦で24球のスプリットを投じ、10個の空振りを奪っている。1試合当たりのスプリットの空振り率は41.6%となり、昨年のMLB先発投手と比較すると、マット・シューメイカー投手(エンゼルス)と田中将大投手の42.1%に次ぐ高水準だった。

 それ以上に特筆すべきなのがスプリットの平均球速89.3マイルだ。昨年のMLBの先発投手の中でスプリットの平均球速が大谷選手に迫る投手は1人も存在していない。つまり彼の“高速”スプリットは現在のMLBで“唯一無二”の存在なのだ。

 スライダーも賞賛すべき内容だった。26球のスライダーを投げて3個の空振りと9個の見逃しストライクを奪っているのだが、ペトリエロ記者が注目しているのが、スライダーの見逃し率34.6%だ。昨年のMLBでは先発投手が25球スライダーを投げて5個以上の見逃しストライクを奪った試合が505あった中で、大谷選手の見逃し率は全体の18位にランクしている。それだけ大谷選手のスライダーに打者が対応できなかったということを意味している。

 ただスプリングトレーニングから指摘されていた大谷選手の速球が“動かない”という点については、改めてデータ上で実証されることになった。デビュー戦での速球の平均回転数は毎分2218回だった。大谷選手の速球はすべてフォーシームなので、昨年フォーシームを100球以上投げた226人の先発投手と比較すると、その回転数は平均以下の119位にランクしている。球速がMLBトップクラスながら回転数が少ないので、どうしてもボールに動きが伴わないというわけだ。

 しかしデビュー戦では速球で5個の空振り三振を奪っている(ペトリエロ記者は「only」という表現を使っているが)。決して動かない速球でも空振りが獲れないわけではないのだ。データ上でも明らかになったMLBでもトップクラスの変化球を織り交ぜることで、速球を十分に生かすことができるからだ。

 さらに今回の好投は高いストライク率にも支えられていた。92球中63球がストライクで、ストライク率は68.5%だった。昨年のシーズン通算のストライク率のトップはクレイトン・カーショー投手の68.6%だったことからも、相当に高水準だということが解る。まさにスプリングトレーニングとは真逆の安定感だった。

 つまりデビュー戦で浮き彫りになったことは、大谷選手本来の球速を維持し制球力が安定していれば、すでにMLBでもトップクラスの投球ができるレベルにあるということだ。周囲の懐疑的意見に耳を貸さず大谷選手の開幕メジャー入りを決めたエンゼルスの判断は間違っていなかったのだ。もう誰1人として大谷選手の実力を疑うものはいないし、ベーブ・ルース選手以来100年ぶりの「10勝&10本塁打」への期待感は更に増すことになったはずだ。

 あとは162試合という長いシーズンの中で、どこまで計画通りに体調を維持していくかだ。それこそが彼にとって最大の試練といえるだろう。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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