イチローのマリナーズ復帰会見で感じた泰然自若

ヤンキースの移籍会見から5年半が経過し古巣マリナーズに復帰したイチロー選手(写真:ロイター/アフロ)

 日本時間の3月6日にイチロー選手のマリナーズ復帰の速報が流れてからというもの、楽しみにしていたのが入団会見で彼がどのような発言をするかだった。

 昨年11月にマーリンズがイチロー選手の契約オプションの破棄を発表して以降、なかなか所属先の決まらないイチロー選手に関し、日米メディアから憶測を含め様々な報道がなされてきた。だがこうしてマリナーズ復帰が決まるまで、誰1人として彼の胸中を的確に理解できていなかったからだ。

 このオフは史上かつて無いFA市場の低迷が続き、イチロー選手がこのままMLBの舞台から姿を消してしまうのではと危惧する声が徐々に大きくなり始め、日本の球団からのラブコールも聞こえるようになった。だが当のイチロー選手はまったくブレていなかった。会見で「迷うことはなかったです。メジャーでやるという気持ち。これのみです」と断言するとともに、その心境を以下のように説明してくれた。

 「いろいろなことを考えました。ただ周りも心配してくれることをたくさん聞いたんですけれども、僕自身の状態としては泰然とした状態だったと思います。それがなぜかは解らないですけど、自分が経験してきて良かったこと、そうでなかったこと、たくさん経験してきてそうなったのか…。

 なぜそうなったのかは解らないですけれども、ただ泰然という状態は自分がプレーヤーとしても人間としても常にそうありたいという状態、目指すべき状態であったので、そういう自分に出会えたことはとても良かったです」

 かつて本欄ではイチロー選手が置かれている状況を日本で誤解されていると考え『日本メディアにやや誤解されているイチローが置かれた現状』という記事を、さらにFA市場が低迷し所属先がなかなか決まらずNPB復帰が囁かれる中で『イチローが自分の夢を実現する上でNPB復帰は本当に得策なのか?』という記事を公開させてもらった。そこにはイチロー選手が必ずMLBの舞台に戻ってこられるという、自分なりの強い思いがあったからだった。

 もちろん他人が言うのは容易いことだ。だが当の本人からすればいくら自分がまだやれると感じていたとしても、迎えてくれるチームが存在しなければそれを証明することはできない。これまで長い取材経験の中、そうした思いを叶えられないまま消えていった選手たちを見てきたのも事実だ。

 このオフ上原浩治投手がSNSを通じ胸の内を明かし続けていたが、所属先が決まらないまま自主トレを続ける苦しさが痛いほど伝わってきた。まだ現時点で正式発表されてはいないが、一部報道によればNPB復帰へと気持ちが傾いているようだ。それはそれで十分に尊重できるものだ。しかしイチロー選手は会見で、シーズン開幕までは練習を続けながら待ち続けるスタンスであったことを明らかにしている。改めて彼の強さに頭が下がる思いだ。

 だがそうしたブレない強さ、自分を信じ切る強い気持ちこそが、これまでイチロー選手が歩んできた野球人生から得た確固たる自信であり、矜持なのだと思う。特にマリナーズを離れた後の5年半は確実に彼を野球選手のみならず人間としても大きく成長させたようだ。それはイチロー選手の言葉からもよく伝わってくる。

 「いろいろなことを経験しました、この5年半。また耐性が強くなったと思います。いろいろなことに耐える能力、これが明らかに強くなったと感じています。(中略)その点で明らかに5年前とは違うと思います。

 (別の質問の答えで)見えないものといつも戦っているという、そういう状態だったんですね。それにもいつしか自分が徐々に対応できるようになって何が起こっても…。代打が告げられて、左ピッチャーの時に代打の代打ということもありました。それは過去になかったことなんですけれども、そういう悔しい思いもたくさんしてきた5年半だったので、いろんなことに耐えられるようになったんじゃいないかと思います」

 マリナーズでは毎試合先発出場が当然だった立場から移籍後は試合によって出場パターンが変わっていく環境に置かれ、その環境に慣れるにはどうしても時間を要するものだ。時には自分の納得のいかない起用法にプライドを傷つけられたこともあっただろう。特に昨シーズンは突如として開幕から先発機会が激減するというかつてない環境に置かれ、なかなか結果が残せない中、限界説まで飛び出す始末だった。それでも徐々に対応していき、シーズン後半にはイチロー選手らしい輝きを取り戻していた。

 6年ぶりに復帰したマリナーズではメジャー契約を結び、当面は1ヶ月以上の負傷離脱を余儀なくされたベン・ガメル選手に代わり先発外野手の座が保証されている。だがしっかり成績を残せなければ、ガメル選手の復帰後に何が起こってもおかしくはない状況だ。与えられた時間は決して長くはない。それはイチロー選手も十分に理解しているし、覚悟もできている。

 「今思うことはこういうかたちで戻ってきて、シアトルのファンの方々に『お帰り』と心から言ってもらえるような自分でありたいなというふうに…。それをできるかというのは僕次第なので、日々励みたいと思います」

 今回の復帰会見を通じてイチロー選手から溢れ出るオーラは自信しか感じられなかった。にも関わらずMLBの舞台に戻ってくることに何の疑いもなかった彼に対し、日本メディアの何人かが「おめでとうございます」という言葉から質問を切り出したことに何ともいえない違和感を抱いてしまった。

 今のイチロー選手にかける言葉は「おめでとうございます」ではなく、「お帰りなさい」であり「お待ちしてました」の方が相応しいのではないだろうか。

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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