人形文化研究者がいま気になる漫画『うらみちお兄さん』

 久世岳によるギャグ漫画『うらみちお兄さん』(comic POOL/一迅社、2017~)が楽しい。架空の子ども向け教育番組「ママンとトゥギャザー」に出演する、「体幹は安定しているが、情緒は不安定」な体操のお兄さん・表田裏道(おもたうらみち、31歳)の「表」と「裏」を描いた本作は、2021年5月時点で電子版を含めたコミックス累計発行部数が150万部を突破。7月から放送のアニメ版も好評だ。

 主人公・裏道にとって、表情筋を酷使して笑顔を絶やさず、意識的にワントーン明るい声を絞り出して番組を進行するのが「表」。喫煙常習者で、眠剤か酒を飲まないとろくに眠れず、31歳・未婚子無しである理由を子どもに聞かれたら、据わった目でこんな風に答えるのが「裏」だ。

いいかな? よい子のみんな

人生なんて人それぞれなんだから

毎晩特に面白くもない深夜ドラマ観ながら

安いカップ酒あおってる独り身のお兄さんを

不幸せだと思い込まない方がいいよ

勝手な妄想は時として人を殺すんだよ(第1話より)

 語っている内容は極めて真っ当なので、「裏」というより「マジレス」とでも言うべきだろうか。ともあれ、発言内容がいわゆる「体操のお兄さん」のパブリックイメージとかけ離れているのは事実だし、それでも裏道の発言を受け取る子ども達の表情がぽかんとしていて可愛らしく話のテンポもいいので、あまり説教臭くならない絶妙なバランスの作品だ。

 そうした中で、人形文化研究を専門とする筆者が言及せざるを得ないのはやはり、作中に登場する着ぐるみについてである。

『水曜どうでしょう』にも通じる、着ぐるみの向こう側の“透け感”

 作中内番組「ママンとトゥギャザー」には、体操のお兄さんやお姉さんの他に、ウサギのウサオ君とクマのクマオ君という着ぐるみキャラが1体ずつレギュラー出演している。ウサオ君は兎原跳吉、クマオ君は熊谷みつ夫という人物が、それぞれ“中の人”を担当。実はこの2人は裏道の体育大学時代の後輩で、かつてのルームメイトでもある。

 こうした実社会での彼らの関係性を生かした本作の定番ギャグのひとつが、裏道による兎原への「イジリ」である。裏道は本番中にウサオへ無茶振りをしてストレス発散したり、ウサオの胸ぐらをつかんだ状態で舞台袖から子供たちの前に引きずり出したりする。この文字面だけだと完全にパワハラだが、兎原は文句を言いながら休日でも裏道の部屋を訪ねて一緒に食事をするし、裏道も満更ではなさそうなので、実生活の信頼関係を踏まえたうえで番組内でじゃれ合っているという印象だ。

 少し話は逸れるが、裏道と兎原のそれは、『水曜どうでしょう』で大泉洋がHTBのマスコット・onちゃん(“中の人”は、大泉と同じ演劇ユニット・TEAM NACSに所属する安田顕が担当)を殴ったり蹴ったりするくだりを彷彿させる。(ただし彼らは生年が一緒で大泉が2浪しているため、大学の学年で言えば安田が先輩となる)

 onちゃん(安田さん)が『水曜どうでしょう』に初めて登場したのは1998年放送の『十勝二十番勝負』で、当時まだあまり知名度のなかった安田のキャラ付け、という意味合いが強かった。愛くるしい表情のマスコットに殴りかかる大泉の傍若無人っぷりが好評を得るとともに、onちゃん(安田さん)の「酒好きで体が張れる憎めないやつ」というキャラクターは市民権を得て、その後の数々の名企画を生んでいくことになる。(あと人形文化研究者としては、「ヨーロッパ21ヵ国完全制覇の旅」のプーさん風船や「ヨーロッパ・リベンジ」のムンクさんについてなど語るべきことはたくさんあるのだが、それはまた別の機会に)

 話を戻すと、『うらみちお兄さん』と『水曜どうでしょう』に共通するのは、かわいらしい着ぐるみの向こう側に“中の人”が透けていて、その透けていることを前提に楽しむ構造になっている点だ。そもそも着ぐるみとは大なり小なり、この“中の人”が透けて見えそうで見えない“透け感”ありきのものである。しかし本記事において重要なのは、『うらみちお兄さん』ではこの“透け感”が、実は作品の根幹をなす主題とかかわっているという点だ。

 まず第14話を例に挙げてみよう。ある日、クマオくんの“中の人”である熊谷が、体調不良で収録を欠席することに。そこで裏道とウサオが子どもたちの前で熊谷の不在を伝えたところ、子どもたちから「クマオくんどこ~?」、「クマオくんがいい~~~!」、「むしろウサオくんのがいらないんじゃない?」と言われ放題。控え室に戻り肩を落とす兎原だったが、裏道から「自分の日頃の行いを思い返してから嘆けよ」と追い込まれたこともあり、「着ぐるみ突き抜けて漏れ出す行いの悪さってもう末期的っすよ!!」とさらに落ち込んでしまう。

 苦肉の策として、兎原がクマオの着ぐるみを着て子どもたちの前に登場したところ、子どもたちは次のようなリアクションをする。

なんか…大きくない?

わかる…あとなんか…動きがウザいよね……(第14話より)

 「ウサオよりクマオが良い」という声を受けてクマオの着ぐるみをかぶったのに…と、兎原は違和感を覚える。これこそ、まさに子どもたちが敏感に着ぐるみの“透け感”に反応している場面だ。

 既に述べたように、こうした着ぐるみイジリは本作の定番描写のひとつなのだが、これが楽屋オチ的ギャグだけにとどまっていないのが『うらみちお兄さん』の白眉である。結論を先に言えば、本作は“透け感”に苦しむ全ての者たちにこそ捧げられた物語となっているのだ。

着ぐるみ≒人生論としての『うらみちお兄さん』

 象徴的なエピソードの1つである第39話のあらすじを紹介しよう。

 ある日、番組50周年記念として、公式SNSアカウントを番組のレギュラーメンバーで運用することになった「ママンとトゥギャザー」。担当者の木角半兵衛からは、投稿内容は「現役お兄さんお姉さんたちの平和な日常」、「あくまで休日の何気ない趣味やどうでもいい写真などが無難」と伝えられる。しかし後日、公式アカウントは悪い意味で話題に。例えばギャンブル好きの兎原は、7の3つ揃ったパチンコの液晶画面写真に、「#確変」「#新台入替」などのハッシュタグをつけて「ウサオくんだピョーン!」、「大当たりだピョン」と書き込んでいたのだ。

 裏道の指摘していた「着ぐるみ突き抜けて漏れ出す行いの悪さ」ここにありな展開なわけだが、なぜここでSNSが事故ってしまったのかといえば、アカウントの“中の人”の“透け感”と、子ども向け教育番組の公式SNSアカウントに対する世間的期待値がうまく折り合わなかったからに他ならない。

 そしてこの第39話が興味深いのは、出演者全員の投稿が悉くNGとなり、結局、投稿はすべて削除されるという顛末を辿る点だ。(どんな投稿が問題視されたかは実際の作品をご参照いただきたい)

 冒頭に述べたように、『うらみちお兄さん』は子ども向け教育番組出演者たちの、「表」と「裏」を描く作品である。すなわちここで、『うらみちお兄さん』という作品が、オフィシャルな「表」(≒お兄さんやお姉さんとしてのキャラクター)とプライベートな「裏」(≒実社会を生きる裏道たちのマジレス)の埋め難いギャップとその“透け感”のエンドレスな微調整という、いわば着ぐるみ的人生に身を投じ苦しむ者たちを描いた、わたしたちにとっても全然他人事じゃない切実さをはらんだギャグ漫画だということが、明らかになる。

『うらみちお兄さん』第1話は、こんな言葉で締めくくられる。

大人なら誰でも持っている

裏の顔のひとつやふたつ

見ない振りしてね

よい子のみんな(第1話より)

 コミックを読みアニメを見て、ケラケラ笑いながら自分の胸がザラっとうずく。当たり前だが「表」と「裏」は一体で、見えてるわたしも透けてるわたしもどちらも等しくわたしなのだ。そんなほろ苦い感慨を抱かせてくれる『うらみちお兄さん』が、いま愛おしくて仕方ない。