墓じまい後の墓石はどうなる?数珠や仏像に加工し次世代へ引き継ぐ。まさに「掌中の珠」

墓じまいとの墓石の行方 数珠や仏像に加工して掌中の珠に(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

お墓の建て替えや引っ越し、墓じまいで、墓石を解体・撤去することがある。最近は墓所をリフォームして石塔を新しくするケースも増えている。

解体・撤去した墓石はどのように処分されるのだろうか。

中古の墓石は転売できるのか?

昔は慣習として墓所の下に埋めたり、山中に放置するといったケースもあったようだが、現在は産業廃棄物処理業者によって適正に処理されるのが一般的だ。

役割を終えた墓石は「産業廃棄物」として扱われ、解体・撤去後は砕石される。その後は舗装道路の下層路盤材等に利用されるなどリサイクルされるというのが、スタンダードな処理方法なのだが、先日こんな質問を受けた。

「墓石は高価なものだから、売ったりする人はいないのだろうか。」

たしかに「墓石を解体して処分してしまうのはもったいない」という人は少なからずいる。物理的には可能であるが、中古品として売った、または購入して建てたというケースは聞かない。

そもそも中古の墓石は市場に出回っているのだろうか。またそれを他人が購入して建墓することは可能なのだろうか。

ヤフオク!やメルカリなどで、墓石の扱いはあるが、すべて「新品」「展示品」といったもので、一旦墓所に設置されて不要となった墓石が中古で売られていることはまずない。

お墓に対する考え方は信仰・宗教によって違うとはいえ、先祖供養や宗教儀式の対象物であり、「魂が宿っている」という考え方もある。こういった性格を持つものは転売することを意図としてつくられていない。つまり、墓石や位牌など、他人が使用した中古品を買い取って使うことは禁忌として捉えられているのである。

ちなみに法律でも祖先をお祀りしたり祈りの対象となるものは、祭祀財産となり現金や不動産等の相続財産とは区別される。たとえ墓石や位牌が高価なものであっても祭祀財産として次世代へ承継されることが前提になる。

墓石の一部を数珠や仏像にして手元に置く

古い墓石をすべて処分するのではなく、一部を別の形に残しておきたいという場合は、お地蔵様や墓誌に加工して、新しい墓所に設置することもできる。ただし新墓所にスペースがなかったり、墓地・霊園の規約で制限がある場合は不可。庭がある家だったら、灯籠や庭石に加工し、永きにわたって使用し続けていくことも可能だ。

「手元供養」「自宅供養」という言葉がある。これは遺骨の一部を手元に残しておいて供養・管理をしていくという考え方なのだが、遺骨ではなく古い墓石をリメイクして手元に残しておくというケースもある。

京都にある老舗数珠店である神戸珠数店では、墓石の一部で数珠を制作する「縁添珠」(よりそいじゅ)という取り組みを行っている。切り出した墓石から、数珠玉職人が手作業で石を削り、艶が出るまで丹念に磨きあげる。できあがった墓石の珠と他の珠を組み合わせ京念珠製造師が手作業で組み上げていく。

墓石の一部を珠に加工して数珠にする「縁添珠」男性用(左)女性用(右)写真:神戸珠数店
墓石の一部を珠に加工して数珠にする「縁添珠」男性用(左)女性用(右)写真:神戸珠数店

「先祖代々守ってきたお墓を撤去する際に、その一部から数珠をつくることで、先祖や家族のつながりを身近に感じていただきたい、という願いを込めてつくっています。」と神戸珠数店の代表取締役・神戸 伸彰(かんべ のぶあき)氏。新たに建立する墓石の一部を使って「縁添珠」をつくり愛用している人もいるという。こちらはお墓参りに行くことが難しいという人に好評だそう。

横須賀市の大橋石材店では、「リ墓ーン」という取り組みを2017年より行っている。古い墓石を新墓所に設置したり、灯籠や庭石などに加工することができれば残せる部分も多いのだが、現実には予算やスペースの問題で難しいケースも多い。「リ墓ーン」では墓石の一部をカットして仏像にしたり、家紋の部分を切り出してプレートにするなど提案をしている。

墓じまい後、墓石の一部からつくる手のひらサイズの仏像 写真:大橋石材店
墓じまい後、墓石の一部からつくる手のひらサイズの仏像 写真:大橋石材店

大橋石材店に電話取材をしたその日も、代表取締役・大橋 理宏(おおはし まさひろ)氏は滋賀県で墓じまい中だった。

「墓じまいの依頼は年々増えていると実感している。数珠や仏像、家紋といった別のものに加工し、大切にしたいと思っている人も多い。」と大橋氏。郷里を離れ、親世代が不在になると自然と足が遠のいてしまう。先祖代々の墓を守っていくことは困難だ。

墓じまいというと、消極的なイメージに捉えられがちだが、先祖との縁、そこに集う人達の縁をつないでいくために、「これまでとは違う弔い方」を考えていくひとつの方法として積極的に供養方法を考える機会なのかもしれない。