カンヌの上映では途中退出者続出。シリアルキラーの日常を描く超過激作『ハウス・ジャック・ビルト』

主人公のシリアルキラー、ジャックに扮したマット・ディロン

 タブーを恐れず、常に観客を挑発するような作風で物議を醸しながらも、過去には『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(00)でカンヌ映画祭パルムドールに輝いたこともあるデンマークのラース・フォン・トリアー監督。2011年には「ヒトラーに共感する」発言でカンヌを追放処分にされていたのですが、昨18年に(アウト・オブ・コンペティション部門ですが)復帰。しかし、その出品作品『ハウス・ジャック・ビルト』がまたまた問題作だったのです。

 公式上映の際には、あまりに過激な内容に途中退席者が続出。しかしその一方で、最後まで鑑賞した観客はスタンディングオベーションを贈るという、賛否両論が真っ二つの評価。確かに、その結果も頷ける作品なのでした。

ユマ・サーマンも共演
ユマ・サーマンも共演

 1970年代の米ワシントン州で建築家になる夢を持っている独身の技師ジャック(マット・ディロン)。彼の正体はシリアルキラー(連続殺人鬼)。しかも強迫性障害であり、極端な潔癖症でアンガー・マネージメントができないというやっかいな存在。彼はほんの些細なきっかけで殺人を犯しながら、その犠牲者の死体を冷凍倉庫に放り込むという手口で発覚を免れていました。「殺人現場で死体をオブジェとして写真を撮る」ということにもこだわり、地元紙にその写真を投稿したりもしています。もう完全なサイコパス。平気で嘘をつき、衝動的かつ身勝手に殺人を犯し、罪の意識などかけらもないのです(けれど殺人現場をキレイにすることに異常なまでの執着を見せたりする)。

この作品完成後に他界したブルーノ・ガンツも出演
この作品完成後に他界したブルーノ・ガンツも出演

 映画は12年にもわたる彼の殺人行為を、五つの章(とエピローグ)で描いていきます。特にドラマチックな演出が施されるわけではなく、むしろ淡々と描かれているのですが(時おりユーモラスな描写もあり)、それゆえに残酷さが際立ってくる仕組みになっています。人体は容赦なく破壊され、死体も冒涜的なまでに損壊されます。動物に対する虐待があるかと思えば、いたいけな子供に対する非道な行為も…。モラルを重んじる人が観れば途中退出したくなる気持ちはわかりますし、全米公開バージョンではいくつかのシーンのカットを余儀なくされました。ただし日本ではノーカットの2時間32分版での公開です。

 ジャックがなぜ殺人行為を始めたのか、そもそも何が彼を殺人にかきたてるのか、映画は具体的に描いてはくれません。彼とブルーノ・ガンツ演じる男の会話がナレーション的な役割をして進行していきますが、その中で語られるのは“芸術”に対する思いなのです。ジャックにとっては殺人は芸術なのか? 彼は建築論を語り、殺人をワインの熟成に例えたり、ドイツの爆撃機に関するうんちくを語っていたりしています。画面では、歴史上の絵画がいかに人間が残虐だったのかを描いてきたことも示されます。トリアー監督はさまざまなイメージを送り込むことによって、観客に“人間が持つ残酷さ”“なぜ人は人を殺すのか”について問題提起をしようとしているのかもしれません。

ボブ・ディランのMVにそっくりなシーンも
ボブ・ディランのMVにそっくりなシーンも

 トリアー監督のやりたい放題な演出はさらにいっぱいあって、グレン・グールド(ジャックが敬愛しているという設定のピアニスト)の演奏シーンが何度もインサートされ、デヴィッド・ボウイの「フェイム」が繰り返し流されます。ボブ・ディランのミュージック・ビデオのパロディがあるかと思えば、なんとトリアーの旧作(『アンチクライスト』『メランコリア』など)のシーンまでが引用されるのです。そしてエピローグでは、まさかの宗教的な世界にまで踏み込んでいき…。

 主人公のジャックを演じるのは80年代にアイドルスターだったマット・ディロン。底知れぬ不気味さを秘めた男を演じて、観客の心を寒々とさせてくれます。共演はユマ・サーマン、ライリー・キーオ、ジェレミー・デーヴィスら。特にセクシャルなシーンがないにもかかわらずレイティングはR18+になったほど、そうとうにグロテスクで刺激的な画面がありますので、気弱な方はご用心ください。タイトル通りジャックは自分の理想の家を建てているのですが、何度も壊しては作り直しをしています。そんな彼が最後に建てた家というのが…。

(『ハウス・ジャック・ビルト』は6月14日から公開)

配給:クロックワークス、アルバトロス・フィルム

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