南米からポーランドへ。ユダヤ人の老人の旅を通してホロコーストの傷痕が見えてくる『家へ帰ろう』

 ホロコーストとユダヤ人を題材にした映画は毎年かなりの数が製作・日本公開されていますが、今回の『家へ帰ろう』は珍しくアルゼンチン=スペイン合作映画。アルゼンチン人の監督パブロ・ソラルスの祖父がポーランドから移住してきた人で、祖国について何も語らないまま(家族の中では「ポーランド」という言葉自体を口に出すことすらタブーだった)亡くなったという体験にインスピレーションを受けて作られた作品です。

 アルゼンチンに住む88歳のユダヤ人仕立屋アブラハムは、子供や孫たちから老人施設に入ることを強要されていました。しかし家を整理した後、最後に残った一着のスーツを見てある決意をします。夜中、こっそりと家を抜け出した彼はマドリッド行きの航空券を手配、機上の人となったのです。故国ポーランドに住む、70年以上会っていない親友に、最後に仕立てたスーツを届けるために…(この映画の英語タイトルは『The Last Suit』)。

 その親友は第2次世界大戦中、ナチスドイツによるホロコーストから逃れたアブラハムを助け、父親の反対を押し切ってまで匿ってくれた命の恩人。その時に傷つけられた足をかばいながら、老人ひとりの危なっかしいヨーロッパの旅が始まります。

 戦時中の体験がどれほどアブラハムにとってつらいものであったかは、彼が決して「ドイツ」「ポーランド」という言葉を口にしないことにも表れています。行先は紙に書いて伝えていくだけ。また、パリから列車でポーランドに入ろうとする際にも、ドイツを通ることを拒否。周囲を困らせたりもします。そんな頑ななアブラハムでしたが、飛行機で隣り合わせた青年やマドリッドのホテルの女主人などが彼を受け入れ、力になってくれたことで、その心もほぐれてきます。駅で彼を助けてくれたのは、なんとドイツ人の文化人類学者だったりもするのです。

アブラハムは行先を決して口にせず、紙に書いて示すだけ
アブラハムは行先を決して口にせず、紙に書いて示すだけ

 主人公のアブラハムに扮するのは、実年齢60代のミゲル・アンヘル・ソラ(『タンゴ』)。老けメイクで20歳以上年上の老人になりきり、足をひきずりながらの熱演を見せます。ちょっとした表情の変化や目の演技は絶品で、日本人にはわかりにくいですが、スペイン語のアクセントまで変えているそうです。頑固ではあるけれど、88歳になっても色気を失っていない魅力的な老人に扮したこの演技で、各国の映画祭で男優賞を受賞。ホテルの女主人役で出演のスペインの大女優アンヘラ・モリーナ(『欲望のあいまいな対象』)も印象的です。

 自身の過去と向き合いながら旅を続けていくアブラハム。ときおりユーモアを交えながら、その凄惨な体験の記憶が浮かび上がってきます。果たして彼は無事に故郷にたどりつき、親友と再会することはできるのか…。いまだ癒えないホロコーストの傷痕を浮き彫りにしながらも、人と人の結びつきや善意を描いて静かな感動を呼ぶロードムービーで、世界中の映画祭で多数の観客賞(日本のSKIPシティ国際Dシネマ映画祭も含む)に輝き、多くの人々の支持を集めています。

(『家へ帰ろう』は12月22日から公開)

配給:彩プロ

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