全米を戦慄させたホラー映画『ヘレディタリー 継承』が日本上陸。ある一家をとんでもない恐怖が襲う…

 サンダンス映画祭で上映された際には、「現代ホラーの頂点」「ホラーの常識を覆した最高傑作」と絶賛された映画。本作が長編映画デビューとなるアリ・アスターが監督・脚本を手がけ、伏線を緻密に張り巡らせたストーリーテリングに才能を発揮しています。

 語られるのは、ある家族に起きた事件。グラハム家の家長だった老齢の祖母・エレンが亡くなります。娘のアニー(トニ・コレット)は、過去の出来事がきっかけで母に愛憎入り交じる想いを抱いていましたが、家族とともに粛々と葬儀を行ないました。エレンの遺品が入った箱には、「私を憎まないで」と書いたメモが…。

恐怖と直面するグラハム家の人々
恐怖と直面するグラハム家の人々

 アニーと夫のスティーヴン(ガブリエル・バーン)、高校生の息子・ピーター(アレックス・ウォルフ)、人付き合いが苦手な娘のチャーリー(ミリー・シャピロ)は、家族を亡くした喪失感を乗り越えようとしますが、グラハム家には奇妙な出来事が頻発。不思議な光が部屋を走り、誰かの話し声が聞こえ、暗闇には何者かの気配が…。やがて、あるショッキングな出来事がきっかけで、家族は少しずつ崩壊への道を歩み始めるのです。

 果たして、一家に隠された秘密とは何か? 映画は家族の日常を描写しながら、じわりじわりと観客に違和感と不安を与えていきます。ミニチュアやドールハウスのアーティストであるアニーは自宅で作業に励んでいますが、その作品には現実のグラハム家を思わせるものが…。夫のスティーヴンは穏やかな精神療法士。しかし息子のピーターは将来への目標を見失い、友人たちと隠れてマリファナを吸っていたりします。娘のチャーリーは特別支援クラスの生徒。ツリーハウスにこもりっきりで、動物の死骸などを使って不気味なトーテムを作っています。彼女は対人恐怖症なのですが、それだけでない“何か”を感じさせてくれるのです。

 このチャーリー役のミリー・シャピロが醸し出す、何とも言えない気持ち悪さが本作のキモ。このキャスティングによって本作が成立している、と言ってもいいほどです。いわゆるショッキングなシーンや残酷描写はそんなに多いわけではないのですが(中盤でギョッとするシーンがあります。ご注意!)、生理的な不快感や嫌悪感に満ちた映画。観客を実にイヤ~な気分にさせてくれるのです。もちろん、ホラー映画ですから、これは褒め言葉。

チャーリー役ミリー・シャピロの存在感がすごい
チャーリー役ミリー・シャピロの存在感がすごい

 彼女に限らず、全体の配役が見事で、主演のトニ・コレットは徐々に常軌を逸していく母親を鬼気迫る表情で演じます。奇しくも日本では同じ日にコメディの『マダムのおかしな晩餐会』も初日を迎えるのですが、その落差はすごい! さすがはエミー賞も受賞した実力派です。息子ピーター役のアレックス・ウォルフは『ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル』『ライ麦畑で出会ったら』でも印象的な演技を見せた若手俳優。ヘタレなユダヤ系のティーンを演じさせたら天下一品で、本作でも人生に何の希望も持たず、ふらふらした日常を送っている危なっかしい高校生を好演しています。クセ者俳優として知られたガブリエル・バーンが、ギラギラした持ち味を封印して穏やかな常識人になりきっているのもお見事。

 緊張感をかきたてる音楽の使い方、あちこちに散りばめられた描写が一つの意味を持ってくる巧みな脚本など、細部にまでこだわった監督は、7年も前からこの作品を構想、自らのビジョンを実現するために並々ならぬ努力をしてきたのだとか。ホラー映画の世界に出現した新たな才能を祝いたい作品です。

 ところで、本作の宣伝コピーは「完璧な悪夢」ですが、実際に悪夢を見るようなトラウマ的恐怖を感じるには宗教的バックボーンが必要かもしれません。信仰心の篤い人々にとっては「神を否定し敵対する者がいる」ということが恐怖の対象になるわけで、そういう意味でキリスト教的倫理観に支配されている人の多いアメリカで高評価だったのは、きわめて納得できるのです。

(『ヘレディタリー 継承』は11月30日から公開)

配給:ファントム・フィルム

(c)2018 Hereditary Film Productions,LLC