連戦連敗のボクサーが最後の大勝負に挑む。すべての”負け組”たちに贈る人間賛歌『負け犬の美学』

 落ち目の中年ボクサーが最後の大勝負に賭ける、というとあの『ロッキー』を思い起こさせますが、こちらの『負け犬の美学』はフランス映画。やはりハリウッド映画とは一味違います。

 スティーブ(マチュー・カソヴィッツ)は40代半ばを過ぎた中年ボクサー。戦績は49戦13勝3分け33敗。お世辞にも一流とは言えないので、ファイトマネーだけで食べていけるはずもなく、妻マリオンの美容師としての稼ぎと、自分のレストランでのアルバイトでなんとか生活していますが、請求書の山に頭を悩ませる日々。しかし、ピアノに夢中の娘のオロールになんとかピアノを買ってやり、パリの音楽学校に入れようと、チャンピオンのタレク(実際にプロボクサーでチャンピオンでもあるソレイマヌ・ムバイエ)が欧州王座戦に向けてのスパーリング・パートナーを探しているという話に飛びつき、自ら売り込んでいきます(この映画の原題は『スパーリング』)。

 ロートルゆえに体が思うように動かず、クビになりかけたりもしますが、経験値からくるアドバイスでタレクの心をつかみ、なんとかやりとげたスティーブ。そんな彼に、タレクはある提案をします。それは50戦したら引退すると妻に約束していた彼にとって、最後の舞台になるのです…。

連戦連敗の中年ボクサー、スティーブ(マチュー・カソヴィッツ)
連戦連敗の中年ボクサー、スティーブ(マチュー・カソヴィッツ)

 素質を眠らせていたロッキーとは違い、スティーブはとにかく本当に弱い! 特別なスタイルやウィニングショットがあるわけではなく、ただボクシングに対する愛と打たれ強さがあるだけ。では、そんな彼をなぜ主人公にしたのか? それは本作が単なるボクシング映画ではなく、「勝者になれなかったすべての人々」に向けて作られた映画だからなのです。ボクシングの世界では勝者(チャンピオン)になれるのは各団体の各階級で一人だけ。それ以外の選手はすべて敗者です。しかし、一人のチャンピオンを輝かせるのは多くの無名の選手たちであるということを、この映画は語りかけてきます(実際に映画のエンドクレジットのところでは、スティーブよりもすごい戦績を残したボクサーたちの映像が流されます)。

 たとえ栄光を得ることができなくても、その中で幸せを得る方法はいくらでもある。これはボクシングだけではなく、すべての世界においても言えるのではないでしょうか。この映画はあらゆる局面において、勝ち組になれなかった人々に送られたメッセージなのかもしれません。

 ハリウッド映画ならば派手な音楽で盛り上がるはずのラストの試合も淡々と描かれますし(音楽を担当したのは妻のマリオン役を演じているオリヴィア・メリラティ)、物語のキーポイントである娘のピアノの才能も定かではありません。オロール役のビリー・ブレインは可憐な表情を見せ、これからの飛躍を予感させてくれる子役ですが、そのピアノの演奏はたどたどしく、ハリウッド的な予定調和(天才少女ピアニスト誕生! というようなお話)にはなりません。しかし、「娘の可能性を消してはいけない」という父親の想いが、そこからさらに深く感じられ、胸が熱くなるのです。

 ちなみにハリウッド映画とは違い、ボクシング・シーンは振り付けなしで行なわれています。そのリアルさが、ますますスティーブの“凡人感”を際立たせているのです。

(『負け犬の美学』は10月12日から公開)

配給:クロックワークス

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