妻が視力を取り戻した時から、夫婦の運命は狂い始める…。心理サスペンス『かごの中の瞳』

 この映画『かごの中の瞳』を観て、まず驚かされたのが、目の不自由な主人公の主観視点を大胆に導入している点でした。ぼんやりとした光、何だかわからない影、迫りくる壁やガラス…。普段我々が体験することのない世界に、息を飲みます。特殊なカメラやレンズ、フィルターを駆使して作ったこの映像が、周りが見えないということがどれほど不安なものであるかを実感させ、ヒロインであるジーナ(ブレイク・ライヴリー)の心情に観客を近づけてくれるのです。

目の不自由なジーナ(ブレイク・ライヴリー、右)を夫のジェームズが支える
目の不自由なジーナ(ブレイク・ライヴリー、右)を夫のジェームズが支える

 ジーナは幼い頃に交通事故に遭い、両親の命と視力を失いました。しかし現在は優しく献身的な夫のジェームズ(ジェイソン・クラーク)に支えられ、夫の赴任先であるタイのバンコクで幸せに暮らしています。唯一の悩みが、二人になかなか子供ができないこと。そんな時、眼科医のヒューズ(小さな役ですが、ここに『ワンダーウーマン』のダニー・ヒューストンを配したことで、映画に厚みが出ています)が彼女に角膜移植手術を勧めます。左目は回復不可能だが、右目は0.4まで回復する見込みがあるというのです。運よく順番待ちにキャンセルが出て、ジーナは手術を受けます。やがて彼女の目に、初めて見る光景が広がっていきました。しかし…。

 空の青さや花の色の鮮やかさに素直に感動するジーナ。しかし初めて目にする夫の姿は想像していたようなナイトとは違い、平凡な中年男のものでした。自分が住んでいた部屋も、陽当たりの悪いアパートに過ぎません。「失望したんじゃない、でも想像とは違ったの…」そんな違和感は、姉の一家が住むスペインへの旅行で一気に拡大していきます。美しくメイクを施し、派手でセクシーな装いをすることを覚えたジーナ。彼女の変貌ぶりに、次第にジェームズは焦りを感じるようになるのです。

夫のジェームズを演じるジェイソン・クラーク(右)
夫のジェームズを演じるジェイソン・クラーク(右)

 子供の頃に視力を失ったジーナは、思春期を知らずに大人になってしまいました。現在、彼女がやっている行動は、年頃の女の子なら当たり前のこと。しかし、美しく成熟したジーナが無邪気にふるまうことで、危なっかしさが強調されていきます。このあたりはブレイク・ライヴリーの美貌がうまく活かされています。クラークの方も、今までは何事も自分に頼りっきりだった妻が、一人歩きを始め、次第に自己主張を強めていくのをただ見ているしかない夫のとまどいや不安、やがてこみあげてくる嫉妬心を巧みに演じています。

 監督は、つい先日『プーと大人になった僕』が公開されたばかりのマーク・フォースター。『007/慰めの報酬』などのアクションも手がけていますが、やはり本作や『チョコレート』『ネバーランド』のような人間ドラマの方に手腕が発揮されます。冒頭に記した特殊な映像表現もその一つ。見えない不安から見える喜びに転じたジーナの世界は、再び目に異常を感じたことで、微妙に揺れ動いていくのです。彼女に何が起こったのか…?

 夫婦の間に生じた小さなほころびは、次第に大きくなり、疑惑と不信に覆いつくされていきます。完全に歯車が狂ってしまった夫婦が迎える結末は? 愛をめぐる人間の弱さと哀しさを描いたサスペンスです。

(『かごの中の瞳』は9月28日から公開)

配給:キノフィルムズ/木下グループ

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