80年に韓国で起きた「光州事件」の戦火の下を駆け抜けた人々を描く『タクシー運転手/約束は海を越えて』

 ソン・ガンホが笑顔を見せているメインビジュアルと、『タクシー運転手/約束は海を越えて』というタイトルから、ハートフルな人情喜劇を想像する方もいらっしゃるかもしれません。確かに映画の冒頭にはそんなことを思わせるコミカルな描写もあります。しかしこの映画、なかなかに奥が深いのです。なにしろ背景になっているのは1980年5月に起きた「光州事件」なのですから。

 当時の軍事独裁政権に対し、民主化を求める学生たちを中心にしたデモが光州市で発生。しかし、その鎮圧に当たった空挺部隊が暴力をふるったことで両者は決定的に対立。軍が民間人に対して発砲を開始し、一方の市民も武器庫から武器を奪って反撃するという流血の事態になり、多くの犠牲者が出たのです。光州市は軍によって完全に封鎖され、厳しい報道管制がなされたため、海外はおろか韓国国内でもこの事件は知らされなかったのですが、一人のドイツ人ジャーナリストが決死の潜入取材を行なったことで、この惨状は徐々に明らかになりました。

 この映画は「ドイツ人記者を乗せて光州市まで運び、脱出にも協力してくれた韓国人タクシー運転手がいた」「しかし彼が名乗ったのは偽名で、その後再会を果たそうとしても見付けることができなかった」という事実を基に、運転手側のドラマを想像して作られた物語なのです。

検問の兵士をごまかそうとするマンソプ(ソン・ガンホ)
検問の兵士をごまかそうとするマンソプ(ソン・ガンホ)

 男手一つで11歳の娘を育てているソウルのタクシー運転手マンソプ(ソン・ガンホ)。稼ぎは悪く、家賃を滞納した上に娘にも貧しさゆえの悲しい思いをさせています。そんなある日、仲間の運転手が「外国人を運ぶだけの儲け仕事がある」と話しているのを耳にして、その仕事の横取りを企み、待ち合わせ場所に先回り。ドイツ人のピーター(トーマス・クレッチマン)を乗せて走り出します。目的地は光州市。しかし市の入口には厳重な検問が待っていました。なんとかタクシー代を受け取りたいマンソプは機転を利かせて検問を切りぬけますが、市内で彼らを待っていたのは、想像を絶する光景でした…。

ピーターは光州市内で出会った大学生たちに取材を開始する。この時はまだ和やかな雰囲気だったが…
ピーターは光州市内で出会った大学生たちに取材を開始する。この時はまだ和やかな雰囲気だったが…

 ただ金を手に入れたかっただけのマンソプが、次第に男気や正義感に目覚めていく。ソン・ガンホの演技は、前半でマンソプのダメ人間ぶりを「これでもか」と見せているだけに、その振り幅の大きさはさすがの一言です。一人で留守番をさせることになってしまった娘を心配する描写からも、彼の人間味がにじみ出てきます。マンソプだけでなく、光州市で出会った大学生たちや同業のタクシー運転手たちの描写も、最初はユーモラスな展開もあるだけに、後に彼らがたどっていく悲惨な運命との対比に胸が熱くなるのです。クライマックスは、果たしてマンソプとピーターは脱出できるのか? という息詰まるサスペンス。そして、光州市のタクシー運転手たちのとったある行動には興奮と感動が押し寄せてきます。

 それにしても、本来は守るべき自国民に銃を向ける軍隊の恐ろしさ! 光州事件における武力弾圧のシーンは目を覆わんばかりの迫力で悲惨さを訴えかけてきます。この作品が昨年度の韓国ナンバー1ヒット作になったのも、こうした負の遺産にしっかり目を向けていかねばという想いの表れなのかもしれません。韓国映画ならではの喜怒哀楽の感情すべてが思いっきり込められた快作です。

(『タクシー運転手/約束は海を越えて』は4月21日から公開)

配給:クロックワークス

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