両親に愛されなくなった少年が消えた…まさに”愛なき世界”を寒々と描くロシア映画『ラブレス』

 昨年(2017年)のカンヌ国際映画祭には一筋縄ではいかない作品が集まっていたのですね。先日レビューした『聖なる鹿殺し/キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』が脚本賞、『BPM ビート・パー・ミニット』がグランプリと国際批評家連盟賞ほか、そして本作『ラブレス』が審査員賞を受賞しています。日本ではパルムドールに輝いた『ザ・スクエア 思いやりの聖域』も4月28日から公開されますが、これがそろいもそろって重たいテーマを内包し、観終わるとどっと疲れが出るような作品ばかり。ただ、それぞれが見ごたえある映画なのです。

 この『ラブレス』はアカデミー外国語映画賞の候補にもなった作品で、監督は『父、帰る』(ベネチア映画祭金獅子賞)『ヴェラの祈り』『エレナの惑い』『裁かれるは善人のみ』と、意欲的な作品を次々と発表しているロシアの鬼才アンドレイ・ズビャギンツェフ。ロシアの格差社会を背景に、ある家族の崩壊を描いていますが、冒頭に述べたように一筋縄ではいかない作品に仕上がっています。

 一流企業で働くボリスと美容サロンを経営するジェーニャの夫婦。すでに離婚することが決まっていて、ボリスには妊娠中の若い恋人が、ジェーニャには成人して留学中の娘を持つ裕福な年上の恋人がいます。それぞれが明るい新生活に想いを馳せ、現在住んでいるマンションも売りに出そうとしていますが、二人の離婚協議の争点になっているのが12歳の息子アレクセイのこと。二人とも彼を引き取る意思はなく、彼を押し付け合って口論を繰り返しています。そんな両親が喧嘩する声が聴こえないように、懸命に耳をふさぐアレクセイ。

 両親がそれぞれデートで家を留守にする日々が続く中、息子が通う学校から「アレクセイが2日も登校してこない」という知らせが入りました。警察は「反抗期の家出だろう」と言って取り合ってはくれず、やむなく夫婦は市民ボランティアに捜索を依頼します。ボリスとジェーニャは自分たちの未来のために必死で息子を探そうとしますが、彼はなかなか発見できず、二人は自分自身の内面と向き合うことを余儀なくされていくのです。

子供を捜索するボランティアたち
子供を捜索するボランティアたち

 これは、まさしくタイトル通りの“愛なき世界”(ロシア語の原題を直訳すれば“愛ではないもの”ということになるのでしょうか)。自分を愛してくれる人との幸せを渇望する両親は、自分の息子を愛することができないまま、保身のためにその行方を追うという身勝手さを見せます。彼らがそれぞれの新しい恋人と繰り広げるラブシーンはとても美しく描かれ、それは冬のロシアの荒野でボランティアたちがアレクセイを捜索するシーンの寒々しさと見事な対照となっています。彼らは自分自身の過去の心の傷について語り、自らの行為を正当化しようとし、SNSに没頭することで現実から逃避しようともします。富裕層であるボリスとジェーニャは「自分は幸せになりたい」「世間から自分が幸せであると思われていたい」という欲求に囚われているのです。他人から愛されたがっているのに、他人を愛することができない。これこそがズビャギンツェフが提示したかった“現代人の心の病”なのかもしれません。

 アレクセイはどこへ消えたのか? 意味ありげなカットが長回しで多用され、謎めいた言葉や登場人物も出てきます。しかし具体的な答えが説明されることはありません。それゆえに明かされない謎は観客の心にいつまでも残っていくのです。

(付記)

劇中に登場する、行方不明の子供を捜索してくれる民間ボランティア団体はロシアに実在しています。同国では、劣悪な家庭環境から逃げたり、誘拐されたりして行方不明になっている子供が増えている反面、警察や役所は官僚的でおざなりな対応しかしてくれないため、無償で行方不明者の捜索をしてくれる団体が誕生したのです。これは、愛のない現実の中で、わずかな希望の光なのかもしれません。

(『ラブレス』は4月7日から公開)

配給:クロックワークス、アルバトロス・フィルム

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『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』のレビューはこちら

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