過激な行動も辞さず、エイズに対する偏見と戦った人々の姿を鮮烈に描く『BPM ビート・パー・ミニット』

 エイズ(後天性免疫不全症候群)が命名されたのが1982年。当時は効果的な治療薬が発見されてはいなかったため、一度発症したら死に至る可能性が高く、また同性愛者がかかる病気だと思われていたこともあって、彼らに対する偏見や差別が助長される傾向にありました。

 そんな中で結成された組織がACT UP(「力を解き放つためのエイズ連合」の頭文字から名付けられたもの)。性的少数者の権利を守りつつ、世間に対してはエイズに関する啓蒙行動を行ない、政治家や製薬会社の無策に抗議する活動を行なっていました。この映画、『BPM ビート・パー・ミニット』は90年代初頭のパリにあって、そんな活動に身を投じた人々を描いた作品です。

 参加していたのは、エイズに関する知識のないまま、無防備な性行為や血液製剤によってHIVに感染してしまった若者たち。恋人や子供が感染してしまったために対策を訴える家族。そして陽性ではないものの問題意識を持った者たち。未知の病であるエイズと対峙することを強いられた彼らは、不安や恐怖に苛まれながら議論を重ね、試行錯誤の日々を送っています。

 監督・脚本のロバン・カンピヨは1962年モロッコ生まれ。この映画で描かれているのと同時代の92年にACT UPに参加し、数多くの活動に加わって来た経歴の持主です。映画で描かれる登場人物たちの性格やドラマはフィクションですが、自身の経験を活かし、当時の時代性や空気感を見事に再現しています。

ショーンとナタンは活動を続ける中で惹かれ合っていく
ショーンとナタンは活動を続ける中で惹かれ合っていく

 物語の中心になるのは、パリのACT UPの中でも過激な活動派のリーダー的存在でカリスマ的魅力を持つショーン(ナウエル・ペレーズ・ビスカヤート)。新しくメンバーに加わったナタン(アルノー・ヴァロワ)はそんなショーンに惹かれていき、恋人同士に。しかし、ショーンの病状は日を追って悪化し、メンバーたちも見守ることしかできません…。

 映画はまるでドキュメンタリーのように、彼らの毎日を追いかけていきます。集会を開いてこれからの活動に対して議論し、時には激しい論戦になることも。このシーンの臨場感は、本当にミーティングの場に居合わせているかのよう。一見地味な議論のシーンをじっくり描くことによって、メンバー一人一人の個性が際立っていき、それぞれに感情移入できるように仕上がってもいるのです。

 やがて、製薬会社のオフィスに押しかけ、血液に見立てた真っ赤なペンキを袋詰めにして投げつけたり、学校の授業中に押しかけて生徒にコンドームを配ったりと、彼らの活動は次第に過激化していきます。そんな出口の見えない戦いを続けていく中で衰弱していくショーン。ここでは演じるビスカヤートの迫真の演技に目が奪われます。本当にどんどん痩せ細っていき、やつれ果てていくショーンの姿は痛々しい限り。しかし、そんな状況でもショーンとナタンは情熱的に互いを求めあっていきます。それは死の恐怖に抗い、一瞬の生を感じようとするせめてもの抵抗なのでしょうか…。

日に日に衰弱していくショーンの姿が痛々しい
日に日に衰弱していくショーンの姿が痛々しい

 この作品は昨年のカンヌ映画祭でグランプリや国際批評家連盟賞などを受賞し、世界中で高い評価を受けました。それは「昔、こんなことがあった」という話ではなく、いつの時代でも変わらない「愛する人を失うことの悲しみ」を描き出しているからでしょう。そして今もなお世界のどこにでもある「他者に対する偏見や拒絶」の問題を訴えかけてもいるのですから。

 なお、劇中ではブロンスキ・ビートの84年のヒット曲「スモールタウン・ボーイ」が印象的に使われています。このバンドのボーカル、ジミー・ソマーヴィル自身もゲイで、この曲はポップ・ミュージック史で最初に率直に歌われたゲイの歌という意味があるのです。

(『BPM ビート・パー・ミニット』は3月24日から公開)

配給:ファントム・フィルム

(c)Celine Nieszawer