全然ハッピーじゃない『ハッピーエンド』は、ミヒャエル・ハネケ監督からの挑戦状なのか?

 タイトルは『ハッピーエンド』ですが、監督が『ファニーゲーム』『白いリボン』のミヒャエル・ハネケなので、額面通りの幸せな映画を想像する観客は少ないでしょう。前作の『愛、アムール』(カンヌ映画祭パルムドール、アカデミー外国語映画賞ほかを受賞)こそ、老夫婦の愛と死を見つめた感動編でしたが、監督自ら「今回は“良い”映画を作ろうとは思わなかった。“不快”な映画を作るときだ」と発言していますので、心してご覧ください。

 舞台は移民問題に揺れるフランスのカレー。3世代が同居する瀟洒な邸宅に住む、あるブルジョア一家を描いた作品です。建築業を営むロラン家。家長のジョルジュ(ジャン=ルイ・トランティニャン)はすでに引退していて、家業は娘のアンヌ(イザベル・ユペール)が継ぎ、その息子ピエール(フランツ・ロゴフスキ)は専務の肩書を与えられて母のもとで働いています。アンヌの弟トマ(マチュー・カソヴィッツ)は医者で、再婚した若い妻アナイス(ローラ・ファーリンデン)との間に幼い息子ポールがいます。この一家に、13歳の少女エヴ(ファンティーヌ・アルドゥアン)が迎え入れられるところから物語はスタートするのですが…。

引退した家長のジョルジュ(ジャン=ルイ・トランティニャン)
引退した家長のジョルジュ(ジャン=ルイ・トランティニャン)

 冒頭からいかにも不穏な映像が。スマートフォンの撮影画面に映しだされる女性とハムスター。チャットの文面からすると、撮影者は女性(母親)にハムスター同様、薬を盛って“静かに”させてしまったらしいのです。これはイギリスや日本で起きた少女による毒物事件がモチーフ。新聞記事を読んで以来関心を寄せていたというハネケが、ついに映画に使ったのですが、それがスマホやSNSというのがポイント。今回の映画ではSNSやチャット、メールの存在が意味を持ってくるのです。

近年、話題作への出演が相次ぐイザベル・ユペール
近年、話題作への出演が相次ぐイザベル・ユペール

 もちろん、この撮影者はエヴで、母親の入院によってひとりぼっちになった彼女は離婚した父親であるトマに引き取られることになります。同じ頃、アンヌの会社が管轄する工事現場で地滑りにより作業員が負傷する事件が発生。ピエールが事後処理に当たりますが…。

 同じテーブルを囲みながらも、互いの想いには無関心の家族たち。ジョルジュは死を願い、自殺未遂を起こし車椅子生活になりますが、その後も何度も他人の手を借りて命を断とうとします。アンヌは頼りない息子を叱咤激励しますが、ピエールは子供っぽい反抗を繰り返すばかり。逆に母が弁護士ローレンス(トビー・ジョーンズ)と交際しているのを見て嫉妬にかられ悪趣味な行動に出てしまいます。トマは妻に隠れて愛人とのセクシャルなメールのやりとりに夢中。それに気づいたエヴは再び父親に捨てられることを怖れて自殺を図ってしまうのです。

重要人物であるエヴ役に抜擢されたファンティーヌ・アルドゥアン
重要人物であるエヴ役に抜擢されたファンティーヌ・アルドゥアン

 こんなディスコミュニケーションの状況に陥った家族を、ハネケは時おり笑いを交えて描いていきます(「この映画は笑劇=ファルスだ」とハネケは語っています)。その中で祖父ジョルジュと孫エヴの心は通じ合っていきますが、それぞれの孤独な魂が結びつくための共通項が“死の影”であるというあたりが、いかにもハネケ的。ラストも再びスマホの撮影画面になっていて、頭と終わりをそれにしたことで、現代を象徴しようとしたのかもしれません。

 ところでこの映画、ストーリー的に重要なシーンのいくつか(たとえばジョルジュの自殺未遂の場面など)を具体的に描くことなく、画面の外の出来事として処理しています。また、登場人物のセリフもたびたび聞き取れない状況になり、何の会話をしているのかが不明なこともあるのです。これは、「ただ漠然とスクリーンを眺めているのではなく、ちゃんと頭を使って行間を想像しながら集中して観ろよ」という監督からの挑戦なのではないでしょうか。

 名優ぞろいの出演者たちはいずれも好演。キーパーソンとなる少女エヴを演じたファンティーヌ・アルドゥアンは、『少女ファニーと運命の旅』で主人公の妹を演じていた子役です。

(『ハッピーエンド』は3月3日から公開)

配給:ロングライド

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