妻は末期ガン、夫はアルツハイマー。そんな老夫婦は人生最後の旅に出る…『ロング、ロングバケーション』

 名優の底力を感じさせてくれる映画です。ある日突然、ボストンの自宅からキャンピングカーでアメリカ縦断の旅に出た老夫婦の物語。目指すはフロリダ、キーウエストにあるアーネスト・ヘミングウェイの家。それは二人にとって特別な旅でした…。

 妻のエラに扮するのはヘレン・ミレン。84年の『キャル』でカンヌ映画祭女優賞を獲得して以来、アカデミー賞に4度ノミネート。エリザベス女王に扮した『クイーン』(06)でアカデミー、ゴールデングローブ、英国アカデミー賞などを総なめにした名女優。芸術作品ばかりではなく、『RED』シリーズのようなアクションや『アイ・イン・ザ・スカイ』などのサスペンスまで幅広い活躍を見せています。

 一方の夫ジョン役はドナルド・サザーランド。60年代からキャリアを積み、『マッシュ』『普通の人々』『赤い影』などで印象的な演技を見せ、最近でも『スペース カウボーイ』『ハンガー・ゲーム』シリーズなどで健在。2度のゴールデングローブ賞に輝き、アカデミー名誉賞も受賞しています。

 そんな二人が、50年間も連れ添った夫婦の機微を演じるのですから、その演技には目が奪われるのも当然ですね。しかもこの映画、ユーモアにあふれていながらも、人間の“老い”に関する切ないテーマが描かれているのです。

 じつは二人が旅立った日は、エラが病院へ入院する予定日でした。彼女は末期ガンの宣告を受けていたのです。しかし彼女は夫のジョンと離れることをよしとせず、二人きりの旅を決意します。ジョンはアルツハイマーが進行中で、日に日にその記憶が失われているところ。かつては英文学の教授でヘミングウェイの権威だったジョンに、彼がまだ見たことのないヘミングウェイの家を見せること。それがこの旅の目的でした。二人で旅をするのも、たぶんこれで最後…。

 ジョンの症状は悪化していき、子供たちの年齢がわからなくなったり、朝起きて目の前にいる老女が妻のエラだと認められなかったり。電話をしているエラを置き去りにして車を走らせてしまうことや、蛇行運転で警官に止められたリというハプニングもあり、二人の旅は危なっかしい冒険の連続(強盗に遭遇することも…)。それでもキャンプ場に車を停め、夜ごとスライドを上映してウイスキーのグラス片手に家族の思い出を語り合うのはかけがえのない時間です。

昔の写真をスライド上映しながら思い出にひたる幸福なひととき…
昔の写真をスライド上映しながら思い出にひたる幸福なひととき…

 微笑ましくも切なくなる場面の連続。サザーランドは、次にどんな行動をとるか予想もできないアルツハイマーのジョンになりきって、エラだけでなく観客をもハラハラさせます。エラの昔の恋人に執拗にこだわったり、ウェイトレスに向かって突然文学論を語り出したり…。彼によれば「セットの外でもジョンが憑依していた」とのことで、まさに役柄と役者が一体になった演技です。

 一方のエラは、運命に毅然と立ち向かう女性。なんと48年前にジョンが浮気していたことが発覚した時には真剣に怒り、ちょっとしたことで嫉妬心をむき出しにしたりもします。寝る時以外はウィッグを忘れず、身だしなみにもこだわっていて、「いくつになっても女は女」を実践しているのです。サザーランドとは対照的に、ヘレンはカメラの前でだけエラになり、普段は素の自分のままだったそうで、この切り替えもまた名優の特徴。いわば、“アクターズ・スタジオ・タイプ”の名優と“古典的シェイクスピア劇”の名優ががっぷり四つに組んでいる演技が見られるわけです。

 監督は『人間の値打ち』や『歓びのトスカーナ』で知られるイタリアのパオロ・ヴィルズィ。全編アメリカで撮影されたイタリア映画なのです。そのため、いわゆる「ハリウッド・エンディング」とは一味違う終わり方を迎えますが、そのほろ苦さもまた、人生の真実なのかもしれません。

(『ロング、ロングバケーション』は1月26日から公開)

配給:ギャガ

(c)2017 Indiana Production S.P.A.

ヴィルズィ監督の旧作『人間の値打ち』のレビューはこちらにあります