善意から出た小さな嘘が負の連鎖を呼び、平凡な中年男を追いつめていく…スイス発の衝撃作『まともな男』

 平凡で善良な中年会社員が、ある日はまった負のスパイラル。彼自身は何も悪いことをしていないのに、事態を穏便に収めようとしてついた小さな嘘が、彼をどんどん追いつめていきます。スイスの監督ミヒャ・レビンスキーの本邦初登場作品で、同国の映画祭で大きな話題となった作品です。

 休暇で家族とスキー旅行に向かった会社員のトーマス。しかし、妻のマルティナとは長く倦怠期が続いていて、娘のジェニーは反抗期。楽しいはずの車中の会話もはずみません。さらに、成り行きから上司の15歳の娘ザラも連れていくことになってしまいます。コテージに到着したその晩、娘たちは地元の若者が集まるパーティに出かけますが、夜遅く、彼女たちを迎えに行ったトーマスが見たものは、街角で悲しみにくれるザラの姿でした。ザラは、現地に住むトーマスの友人の息子で、ジェニーの幼なじみでもある20歳の青年セヴェリンにレイプされたと告白したのです。

泣き崩れるザラを発見して衝撃を受けるトーマス
泣き崩れるザラを発見して衝撃を受けるトーマス

 彼女の保護者として、また上司に対する責任感から、トーマスは事態を誰にも知らせることなく穏便に済ませようとしますが、彼のついた小さな嘘は、次々とほころびを生み、トーマスは嘘に嘘を重ねていくことになります。しかし彼をとりまく状況は、ゆっくりと悪化していき…。

 自己保身、事なかれ主義、自分なら問題になんとか対処できるという自負。そうした人間なら誰もが心の中に持っているものが、すべて裏目に出てしまったら? 家族にも友人にも上司にもいい顔をしたいというトーマスの願いは、周囲の予期せぬ反応によって、次々と裏切られ、彼は孤立を余儀なくされてしまいます。このあたりのレビンスキー監督の脚本はお見事で、序盤は特に派手な事件は起きない(レイプ事件にしてもザラが告白するだけで、現場は描かれません)のに、じわりじわりとトーマスを追いつめていきます。

小説を書いている妻との仲もぎくしゃくしていた…
小説を書いている妻との仲もぎくしゃくしていた…

 主人公のトーマスは、邦題『まともな男』が示すように、決して異常な人間ではありません。冒頭でセラピーを受ける場面が映され、「酒を飲むと怒りっぽくなり、我を忘れてケンカした同僚の車に車をぶつけたことがある」という事実が明らかにされますが、基本的には家族を愛する善良な人間です。しかも今回の事件に関しては、彼は加害者でなければ直接の被害者でもないのです。そんな男が善意からとった行動が最悪の状況に向かって走り出すのが、この映画の恐ろしさ。トーマスを演じるデーヴィト・シュトリーゾフ(『ヒトラーの贋札』)の、小市民さをにじませた抑えた演技も光ります。

 もちろん、この映画でトーマスがとった行為は間違ったものでしょう。しかし、「では、彼はどうしたらよかったのだろうか?」という問いに正解はあるのでしょうか。「もし、自分がこの立場に置かれたらどうすればいいのか…」そんなことを考えながら観るのが、この映画の正しい鑑賞法なのかもしれません。

(『まともな男』は11月18日から公開)

配給:カルチュアルライフ

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