巨匠ワイダ監督からの最後のメッセージ。政府の弾圧の下、信念を貫き通した一人の芸術家を描く『残像』

昨年秋、90歳で亡くなったポーランドの巨匠アンジェイ・ワイダ監督の遺作です。描かれるのは実在の画家/大学教授のヴワディスワフ・ストゥシェミンスキの晩年。時代背景は1945年~52年ということで、これはワイダの初期の代表作『灰とダイヤモンド』で描かれた時代とほぼ同時期。テーマ的にも、この巨匠が生涯まったくブレずに創作活動を行なってきたことを再認識させてくれるのです。

戦争で片脚を失ったストゥシェミンスキ(ボグスワフ・リンダ)は造形大学の教授として学生たちの尊敬を一身に集めるかたわら、前衛画家としても活躍中。しかし、戦後ソ連の勢力圏に組み込まれたポーランドには、スターリン主義の影が迫っていました。象徴的なのが、彼がアパートのアトリエで絵を描いていると、そのキャンバスが一瞬にして真っ赤に染まってしまう場面。アパートの壁面にスターリンの肖像が描かれた巨大な垂れ幕が下げられたためですが、激怒したストゥシェミンスキが垂れ幕を松葉杖で切り裂いてしまったことから、彼は警察に連行されることに。

ここから、彼を次々と苦境が襲います。文化大臣は「イデオロギーなき芸術は否定せよ」と、社会主義的価値観を芸術の上に置くことを宣言。あくまでも表現の自由を求めるストゥシェミンスキは次第に居場所を失っていくのです。大学を解雇され、芸術家デザイナー協会からも追放。会員証や配給切符までも取りあげられてしまった彼は、画材を買うことも、食料を買うこともできなくなります。それでも教え子たちは彼を支援してくれるのですが、党の弾圧は彼らにも及び、芸術家にとって何よりも大切な作品までもが破壊されてしまいます。

芸術家としての名声も職も失い、人間の尊厳までも踏みにじられていく。それでも自らの信念を曲げなかった一人の男の姿は、ワイダ監督自身にもダブってきます。ドイツの占領下、戦後のソ連支配と苦難の連続だったポーランドにあって、あくまでも故国への想いを貫いた監督。“連帯”運動に参加したことで故国を追われたこともありましたが、それでもなお初期の『地下水道』から『大理石の男』『鉄の男』などを経て、近作の『カティンの森』に至るまで、この巨匠が描き続けたのは“ポーランドという国家”ではなく、“その中で生きる人々”への愛情であり続けたのです。

この題材、決して昔の他国の話として眺めるだけのものではありません。政府が一つの方向だけを見て、国家が国民を支配下に組み入れた時、自由を失った人々がどのような運命をたどるのか…。ここには今の私たちが目をそらしてはならない問題も描かれているのです。

(付記)

とはいえ、ストゥシェミンスキを単なる清廉潔白な人格者、反骨の英雄として描かなかったのが、ワイダ監督らしいところ。共にすぐれた芸術家でもあった妻との関係は破綻していますし(自分の死すら知らせないように娘のニカに言い残して病死)、当局の弾圧を受けても声高に何かを主張するでもなく粛々と受け入れていくことしかできません。娘と同居を始めたものの、教え子の女子学生と親密すぎる彼を見かねて、娘は家を出て寮に戻ってしまいます(泣きながら一人歩み去る彼女の姿が哀切!)。彼の人間的弱さも見せることで、絵空事ではないリアリズムを感じさせてくれるのです。

(『残像』は6月10日から公開)

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