原作コミックのスピリットを実写版映像に込めた、入魂の群像劇『3月のライオン〔前編〕』

 原作もの(しかもまだ連載継続中)を映画化する場合、多くの作品ではその中の一部を抽出して描きます。あるいは、映画的にするために思い切って設定を改変するということも行なわれたりします。しかし大友啓史監督作品に限っては、そのようなことはほとんど見られません。あくまでも原作のイメージを尊重し、その精神に忠実な映画を作ろうとしているかのようです。今回の『3月のライオン』に関しても、前後編それぞれが2時間20分近い長尺。しかも、2本の映画というよりは、4時間超の大長編を観たような感慨を抱かせてくれるのです。

 主人公の桐山零(神木隆之介)は中学生の時にプロ棋士としてデビューし、世間では天才ともてはやされている17歳の高校生。しかし、彼には家族も友人もいません。9歳の時に事故で両親と妹を亡くし孤児となった零は、プロ棋士の幸田柾近(豊川悦司)の養子となり育てられたのですが、そこで将棋に才能を発揮したために幸田の家庭を崩壊させてしまい、罪悪感から家を出たのです。以来、深い孤独感を抱えながら、一人で生きてきた零。しかし、近所に住む川本家の三姉妹、あかり(倉科カナ)、ひなた(清原果耶)、モモ(新津ちせ)と知り合い、親交を深めていくことによって自分の居場所を見出していきます。

 原作コミック(羽海野チカ)が大ベストセラーであることに加え、アニメ版も放映中の作品ですから、ストーリーに関してはご存知の方も多いでしょう。映画は零の人間的成長を追いながら、過酷なプロ棋士たちの勝負に賭ける戦いの日々、零をめぐる人間模様を丹念に描いていきます。どの人物も表面的にコミック版をなぞったキャラとして点描されるわけではなく、それぞれにそれぞれのドラマがあり葛藤を抱えた存在として描写されているので、どうしても長尺の映画にならざるを得ないのですね。これは本来、連続ドラマの方法論であり、劇場用映画としてどうなのか? という疑問も頭をよぎるのですが、迫力ある描写の連続に画面から目が離せなくなり、時間がたつのを忘れてしまうのも、また事実。

 将棋を題材にしたドラマですが、対局中の盤面が表示され、戦略・戦術的なものが解説されるわけではありません。ぎりぎりの精神状態で対局に臨む棋士たちの心理は、俳優たちの表情のアップによって描かれているのです。現在どちらが優勢で、その時、彼らは何を考えているのか。苦悩、決断、不安、絶望…、セリフがなくても彼らの表情の変化はそれを雄弁に語ってくれます。「将棋は顔で指す」とでも言いたいほど。観ている方が息苦しく感じるのですから、演じている役者さんたちもそうとうに消耗したのでは…と想像される現場です。

 それにしても、大友監督は俳優たちから演技を引き出すのが巧みです。零や三姉妹以外にも、将棋界の頂点に君臨する宗谷冬司役の加瀬亮、零の師匠格になる島田開役・佐々木蔵之介、零の義父に扮した豊川悦司、特殊メイクで肥満体の二階堂晴信になりきった染谷将太、傲慢な態度のプロ棋士・後藤正宗役の伊藤英明、零の担任教師・林田役の高橋一生など、いずれ劣らぬ名演で、役柄に命を吹き込んでいます。特に零とは愛憎半ばする微妙な関係の義姉・幸田香子に扮した有村架純が新境地。これまでの明るく元気なイメージをかなぐり捨てた熱演を見せて女優としての成長を感じさせてくれます。

 プロ棋士の家で育てられたため、生きていくには将棋が強くならなければならなかった零。しかし強くなったことで大切なものを失ってしまいました。それでも将棋の世界で生きていくことを誓った彼は、その中でさらなる高みを目指して必死で努力していかなければならないのです。後編では、そんな零の安らぎの場所だった川本三姉妹にも問題が降りかかり、彼の苦悩は果てしなく続くことになります…。

(『3月のライオン〔前編〕』は3月18日から公開。〔後編〕は4月22日から公開されます)

(c)2017 映画「3月のライオン」製作委員会

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