伊藤計劃・原作のアニメ『虐殺器官』世界中に憎悪と紛争をまき散らす男の恐るべき目的とは…?

34歳の若さで夭折した作家・伊藤計劃のデビュー作で数多くの賞に輝いた同名小説をアニメ映画化した作品。本来は一昨年に『屍者の帝国』(未完の作品を円城塔が完成させたもの)、『ハーモニー』(遺作)と3作連続公開される予定でしたが、スタジオが製作中に倒産するという予想外の事態が発生して製作中止・公開延期となっていたものです。一時は未完のままに終わる危機もあったのですが、その後、本作のために新スタジオ「ジェノスタジオ」が設立され、ようやく完成しました。

9.11以降、世界はテロの脅威にさらされることになり、ついにサラエボが原理主義者の自爆テロで核爆弾によって消滅するという事態が発生します。これをきっかけに先進諸国(特にアメリカ)は徹底したセキュリティ管理体制に移行、人々は自由と引き換えにテロの恐怖からの安心を享受していました。しかしその一方で、後進諸国では紛争が絶えることはなく、内戦や大規模虐殺が増加。クラヴィス・シェパード大尉率いるアメリカ情報軍の特殊部隊は紛争地を飛び回り、虐殺の首謀者を暗殺するという極秘ミッションをこなし続けていました。

やがてすべての紛争の裏に、一人のアメリカ人ジョン・ポールの名が浮かび上がってきます。各地で紛争を誘発し、その激化とともに姿をくらます謎の男。“虐殺の王”とも呼ばれるジョン追跡命令がクラヴィスたちに下され、彼はジョンがかつて関係を持っていたルツィアという女性を監視するためにプラハに潜入します。果たしてジョン・ポールの目的とは何か?

原作はクラヴィスの一人称で描かれ、リアルで鮮烈な戦闘シーンと、内省的な心理描写の両方が描き出されています。映画もこの双方が混在。いかにも伊藤計劃らしい、哲学的とも言える会話の応酬で物語が進行していきます。クラヴィスたち特殊部隊員は、感覚を調整され、感情や痛覚を持たないようになっていますから、その描写は徹底的にドライ。小説に描かれた、クラヴィスの家族に関するバックボーンが映画では省かれていますので、ますます彼の戦闘マシーンとしての印象が強まっていきます。彼の“内心の声”が少なくなったため、「なぜクラヴィスがルツィアに執着するのか?」の理由付けが弱くなってしまった点は否めませんが、目的地に潜入するための降下ポッドである「侵入鞘」、コンタクトレンズのように目に装着するウェアラブルコンピューター「オルタナ」越しの風景、特異な形状をした大型輸送機の「フライングシーウィード」、二足歩行機械「鳥脚ポーター」などは、映像化されたことでその魅力を増しているのです。時に一人称視点も導入した戦闘シーンの迫力は、日本製アニメーションの底力を感じさせるもの。声優陣もクラヴィス役の中村悠一、ジョン・ポール役の櫻井孝宏をはじめ、三上哲、梶裕貴、大塚明夫、石川界人、小林沙苗と実力派が揃っているので安心して観られます。

監督・脚本は『新機動戦記ガンダムW』のキャラクター・デザインで知られる村瀬修功。原作の容赦ない描写を尊重し、殺戮シーンが残虐に描かれる上、少年兵も躊躇なく(なにせ感情を抑制されている兵士ですから)射殺するシーンが登場するので、万人に勧められる映画とは言えないのですが(R15指定)、それゆえにこそ、作品の持つ、深くて暗いテーマが浮かび上がってきます。ジョン・ポールが語る“虐殺”の真相は恐るべきもので、公開が延びたことによって、逆に今の時代の空気にも通じるものが表れたような気さえしてくるのです。

(付記)

原作のエピローグにあたる部分は映画にはありません。基本のストーリーは同じですが、クラヴィスの心象風景がより緻密に描かれているので、映画をご覧になった後で原作小説を一読してみるのもいいかもしれません。

(『虐殺器官』は2月3日から公開)

(c)Project Itoh / GENOCIDAL ORGAN 

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