自転車レースの絶対王者ランス・アームストロングのドーピング問題の真実は?『疑惑のチャンピオン』

「ただマイヨ・ジョーヌのためでなく」という本があります。脳にまで転移したガンを克服し、自転車レースの最高峰ツール・ド・フランスで前人未到の7連覇という偉業を達成した偉大なるスーパースター、ランス・アームストロングが、その病からの復活をつづった自叙伝です。世界中でベストセラーになりましたが、これの文庫本、ある時を境に新古書店の108円コーナーでやたらに見かけるようになりました。たぶん買った人たちが「あの感動を返せ!」と腹を立てて叩き売ったんだろうな…。その理由は明白です。彼の偉大な記録は、ドーピングによってもたらされた“汚れた記録”だったのですから…。

この映画『疑惑のチャンピオン』は、『マイ・ビューティフル・ランドレット』『クィーン』のスティーヴン・フリアーズ監督が、この事件の一部始終を追った実録ドラマ。『メカニック』のベン・フォスター(外見が本人に似ている)がアームストロングに扮し、過酷な肉体改造のトレーニングに耐えてアスリートの体型を作り上げています。

1993年、サイクルロードレースの最高峰ツール・ド・フランスにデビューした若きアメリカ人ランス・アームストロングは、突然吐血して倒れ、医師からは重度の精巣ガンがすでに脳にまで転移していると宣告されてしまいます。絶望のどん底に突き落とされたアームストロングでしたが、過酷な大手術と長いリハビリに耐えて競技生活への復活を熱望。そんな彼が頼ったのがスポーツ医学の権威であるイタリア人医師ミケーレ・フェラーリ(ギョーム・カネ)でした。同時に彼は実力者の監督ヨハン・ブリュイネール(ドゥニ・メノーシュ)を招聘、腕利きのエージェント、ビル・ステイプルトン(リー・ペイス)と契約し、ガン患者への支援活動も始めます。しかし、フェラーリはアスリートのパフォーマンスを向上させる独自のドーピング・プログラムの実践者でもあったのです。

99年、アームストロングは驚異的な快走を見せてツール・ド・フランス初優勝。ガンを克服しての快挙に世界中が湧きたち、アメリカでは英雄として報じられます。しかし、これに疑念を抱く者もいました。かねてからアームストロングの才能に注目していたスポーツ・ジャーナリスト、デイヴィッド・ウォルシュ(クリス・オダウド)は、あまりの短期間で彼の能力が向上したことに不自然さを感じていたのです…。

アームストロングは、こうした状況下で破竹の7連勝という記録を打ち立てていくのですが、映画はその裏側で行なわれたドーピングの手口について、克明に描いていきます。コーチやチームメートが一団となって協力体制を作り、巧妙な手口でドーピング検査をくぐり抜けていったのです。また、ウォルシュがサンデー・タイムズ紙でアームストロングのドーピング疑惑について記事を書いた際には、怒りをあらわにして徹底抗戦をとなえ、タイムズ紙を名誉棄損で訴えただけでなく、ウォルシュにも圧力をかけ、彼をジャーナリズムの世界で孤立させようとまでします。

そのあくなき闘争心と勝利への執念、徹底した自己愛とエゴイズムをフォスターは大熱演しています。しかし、アームストロングを単なる“ペテン師”“悪人”として断罪しているだけではありません。悪質なドーピングに頼る一方で、彼は誰よりもハードなトレーニングを積んでいた努力の人であり、ガン撲滅に私財を投じ、ガン患者に夢と希望を与え続けたヒーローでもあったのですから。そんなアームストロングの多面的で複雑な人間性を映画は描こうとしていきます。

完璧なはずのドーピング・プログラムがなぜバレてしまったのか? そこにもまた人間の持つ嫉妬や欲望の問題が潜んでいます。ちょっとした気持ちの行き違いが他人に対する妬みを生み、人間関係を崩壊させていくのですね。

撮影の大部分はロケーション撮影で行なわれ、アルプスの山並みを使ってレース・シーンが撮られています。その美しい景観と緊張感あふれるレースのスピード感覚は実際にその場を走っているよう。TVの中継で見慣れた映像ばかりではなく、実際にレーサーが乗った自転車に取り付けたカメラがとらえた映像も登場。至近距離からレースの様子が体感できるのです。またフリアーズ監督だけあってラモーンズやレナード・コーエンなどの音楽の使い方もセンスがよく、場面にピッタリ合っています。レモンヘッズによる「ミセス・ロビンソン」が流れるのは、スポンサー役で出演しているダスティン・ホフマンに対するオマージュなのかも?

ちょうどロシアの陸上界やテニスのマリア・シャラポワなど、禁止薬物の使用やドーピング問題が世界を賑わせている時期だからこそ、かつての英雄の栄光と転落の物語はスポーツ界に広がる闇を告発し、現状の打破を訴えかけてくるのです。

(『疑惑のチャンピオン』は7月2日公開。ちなみに、この日は今年のツール・ド・フランスのスタートの日にあたります)

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