麻薬戦争の最前線にカメラが迫る危険なドキュメンタリー『カルテル・ランド』善悪の境界はどこにある?

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『エスコバル/楽園の掟』の紹介はこちら

『ボーダーライン』の紹介はこちら

今年に入ってから、『エスコバル/楽園の掟』『ボーダーライン』と、麻薬戦争の実態を描いた優れた映画が日本公開されてきました。この2本がどちらもフィクション(前者は実在の人物と事件をベースにしていますが)だったのに対し、今度公開される『カルテル・ランド』はドキュメンタリーです。製作総指揮には『ハート・ロッカー』のキャスリン・ビグローが名を連ね、今年のアカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞の候補になり、サンダンス映画祭のドキュメンタリー部門で撮影賞と監督賞に輝いています。

映画は冒頭、国境付近で麻薬の密輸をする男たちを捉えます。「これが悪いことなのは知っている。しかし、金になる。これがなきゃ生活できないんだ」と彼らは言います。

続けてカメラが追うのは、アリゾナ州で国境自警団を結成した元軍人の姿。メキシコからの不法移民を取り締まるべく、日夜武装して国境付近をパトロールしています。愛国心の強い彼らは、その行動が過激であると非難するマスコミの声に耳を貸さず、今日も国境で活動します。彼らにとって不法移民は“麻薬や暴力を流入させる侵略”なのです。

同じ頃、メキシコの国内でも自警団を結成した男がいました。それが本作の主人公とも言える医師のミレレスです。彼が住むメキシコ中西部のミチョアカン州は“テンプル騎士団”と呼ばれる麻薬カルテルに支配されていました。住民は上納金を要求され、断る者は一家皆殺しの目に遭うことも。政府は腐敗し、警察もあてにならない。そんな現状に怒りを覚えたミレレスは、ついに自ら銃をとり、仲間の市民たちと自警団を結成します。彼らは地元の支持を得て、激しい戦いの末に麻薬カルテルが支配する街を次々と奪還。彼は一躍ヒーローになりました。しかし、肥大化する組織は次第にその姿を変えてしまいます…。

自警団からは摘発と称する強盗行為を行なう者、リンチや拷問を平然と行なう者、活動資金を捻出するため堂々と麻薬の製造を行なう者までが出現します。ミレレスは謎の飛行機事故で重傷を負いますが、これも暗殺を目論んだ者の仕業だと噂されます。さらに自警団は、政府の介入によって分裂してしまうのです。無許可で武器を携帯する自警団の存在を煙たがった政府は、認可を与える代わりに自らの管理下に置こうと考えます。ミレレスは「政府は信用できない」とその申し出を断りますが、彼の片腕だった者たちが次々と離反。自警団のほとんどが(腐敗した)政府傘下の“地方防衛軍”となり、ミレレスは逆に官憲に追われる身になってしまうのです。

『ボーダーライン』でも描かれたように、善と悪との境界がどんどんあいまいになっていくのですね。結局は生き残るため、富を得るため。冒頭の密売人の言葉が示すように、悪はその目的が単純ではっきりしているために行動に揺らぎはありませんが、それぞれの人の価値観に依存する正義はいとも簡単に揺らいでしまうのです。それがこの貧しい社会の現実なのでしょうか。

監督・撮影・編集を担当したのはマシュー・ハイネマン。通常のドキュメンタリーが関係者の回想やナレーションで表現する部分を、徹底した現場主義で追いかけます。カメラはパトロール任務に出る自警団の車に同乗、いつ銃弾が飛んできて戦端が開かれるかもわからない不安の中を進んでいきます。見せしめのために吊るされた死体、切り落とされた生首など、衝撃的な死体の映像も容赦なく映し出されます。全編に異様な緊迫感がみなぎる中、ひとりの映像作家が命懸けの取材で暴き出したのは、どうしようもなく皮肉でやるせない結末。しかし、これこそがメキシコ麻薬戦争の現実なのです…。

(『カルテル・ランド』は5月7日から公開)