ジョン・レノンからの手紙が男の人生を変えていく…アル・パチーノ主演作『Dearダニー 君へのうた』

これは、一部実話に基づいたお話です。1971年、デビュー間もないイギリスの若きフォーク・シンガーが雑誌のインタビューを受け、「富と名声を手に入れたら、作る歌に影響が出ると思うか?」という質問に「大変な悪影響が出るだろう」と答えました。それを読んだのがビートルズ解散直後のジョン・レノン。彼はその若き歌手に向けて一通の手紙を送ります。しかしその手紙は当時彼の手に渡ることなく、2005年になってようやく彼のもとに届いたのでした。そこには「富を手に入れたからといって、物の見方は変わらない」というアドバイスとともに自宅の電話番号も記されていました。もし彼が、その頃この手紙を受け取って、ジョンに連絡をとっていたら、その後の人生はどう変わっていたのだろうか…?

このエピソードを知った脚本家のダン・フォーゲルマン(『カーズ』『塔の上のラプンツェル』『ラスト・ベガス』)が、想像の翼を広げ、監督デビュー作として作り上げたのがこの『Dearダニー 君へのうた』なのです。

連日、満員の観客の歓呼を浴びて往年の大ヒット曲「ベイビードール」を歌い踊るスーパースターのダニー・コリンズ(アル・パチーノ)。しかし、もう何年も新曲を書いていない彼は、マンネリ化したステージにうんざりしていました。そんな時、長年彼を支えてきたマネージャーで親友のフランク(クリストファー・プラマー)から、驚きの誕生日プレゼントが贈られます。なんとそれはジョン・レノンがダニーに向けて書いた手紙。43年前、デビュー間もない彼が雑誌のインタビューで語った成功への不安にジョンがアドバイスしてくれたもので、受け取った編集者がコレクターに売りつけたためにダニーのもとに届かなかったものでした。「音楽と自分自身に忠実であれ」その言葉に目を開かされたダニーは、生き方を変えることを決意。ツアーの予定をキャンセルすると、まだ顔も見たことのない息子トムに会うため一人旅立ったのです。

息子夫婦やその娘との出会い(当然、父親を憎んでいるトムはダニーを激しく拒絶します)、滞在先のホテルのスタッフとの交流の中、ダニーは新たな自分や人間関係を手に入れ、別の人生に一歩を踏み出すことができるのか?

主人公のダニーに扮するのはアカデミー賞俳優のアル・パチーノ。なんと、長いキャリアを持つ彼にして初のミュージシャン役なのだとか。この人、エリートや大富豪から、裏町の住人や闇社会のチンピラまで、どんな役を演じてもアル・パチーノらしさを失うことなくその世界の雰囲気に溶け込むことができます。今回も欠点だらけで一般常識皆無のダメ男なのに愛さずにはいられないダニーを軽快に演じ、ユーモア感覚も抜群。こういう俳優を「名優」と呼ぶのでしょうね。

共演者も芸達者ぞろいですが、なんといってもホテルのマネージャー役のアネット・ベニングが素晴らしい! 役柄上はダニーの新しいロマンスのお相手なのですが、決してストレートな展開になるのではなく、ジョークや肩すかしの応酬で、いかにも人生経験豊富な大人の会話が楽しめます。名人同士のスイング感とでもいいましょうか。聞けば二人のやりとりのシーンは何度もリハーサルを重ね、演じる側からのアイディアで台本に変更が加えられていったのだとか。マネージャー役にクリストファー・プラマー、息子の妻役にジェニファー・ガーナーというのも贅沢な配役。息子トムに扮するボビー・カナベイルは、最近『ANNIE アニー』『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』『アントマン』にも出演、躍進めざましい実力派です。

さて、この映画、ジョン・レノンからの手紙が登場するだけでなく、ジョン・レノン財団からの異例の許可が下りて、劇中でジョン・レノン自身の歌声が流れます。これは非常に珍しいこと。しかもその名曲の数々の歌詞がダニーの心理や行動と微妙にシンクロしていくような構成になっていますので、そこもお楽しみに。

最後にこんな話を。パチーノという人は、完成した映画の試写を他人と一緒に観ることを嫌い、映画館を借り切ってたった一人で観るのだそうですが、終了後に言った感想が「自分の出た映画を見て初めて泣いた」。確かに単純明快で絵に描いたようなハッピーエンドではなく、ラストにはややほろ苦い部分も残りますが、これぞ「大人の映画」という静かな感動が味わえる作品です。

(『Dearダニー 君へのうた』は9月5日から公開)