日本映画の常識を超える製作形態で作り上げられた『ソロモンの偽証』の到達点

宮部みゆき原作のベストセラーを、『孤高のメス』『八日目の蝉』の成島出監督が映画化した、前後篇合わせて約4時間半(『前篇:事件』が約2時間、『後篇:裁判』が約2時間半)の大作です。原作も三部に分かれた長大なもの(連載期間はなんと9年!)で、文庫版は全6巻にもなりますが、それを単にダイジェストして映画化したものではなく、原作にないエッセンスをプラス、特に主人公である藤野涼子の設定にかなり手を加えてあるのが成島監督作品らしいところ。

物語の背景はバブル景気の残滓が漂う1990年のクリスマス。ひとりの中学生が校舎の屋上から転落死した死体として発見されます。警察も学校も自殺として処理しますが、「不良少年グループが彼を突き落すのを目撃した」という怪文書が出回り、それがマスコミの手に渡ったことで、波紋が広がります。教師も親たちも無力な中、生徒たちは真実を明らかにするための校内裁判を開くことを決意しますが、止まらぬ悪意の連鎖は、さらなる悲劇を呼び込んでしまうのでした…。

この映画、日本映画としては異例の準備期間をもって製作されています。主役たちが中学生の少年少女のため、プロアマを問わず、全国から出演者の一般公募を行なったのです。その告知(2013年の10月)に応えて集まった応募総数は1万人。日本映画史上空前の規模でした。さらに、選考の途中の段階で演技ワークショップを開催しています。その期間も2か月という長期で、候補者たちはどの役を演じるのか、いやそれ以前に合格するのかどうかもわからないまま、これに臨みました。演技レッスンを重ねながら、それぞれがどの役に最適なのかを探っていき、ここを通過した約60名が最終選考に。ここでもまたワークショップが行なわれ、集中トレーニングやカメラテストの結果、クラスの生徒33名が正式に決定したのです。撮影開始は2014年の6月。撮影前にこれだけじっくり時間をかけたからこそ、生徒たちの絆が生まれ、それぞれが自然に役に成りきっていったことは想像に難くありません。

前後篇構成の2部作という上映形態ですが、実際は4時間半の長編映画と考えたほうがいい作品です。ここでも異例なことに、「前篇だけでも一本の映画として楽しめるように、それなりのクライマックスを用意する」という制約が設けられていないのです。昔のプログラム・ピクチャーの時代ならともかく、一本が2時間を超える映画としてはこれもまたかなりの冒険。あくまでも全体を観た上で評価してほしい、という自信の表れなんでしょうね。しかし、前篇だけを観終わった時点で「早く続きを観たい」というフラストレーションを感じるのもまた事実。できれば続けて観られる環境でご覧になるのをお勧めしておきます。

そんな中、成島監督の演出はまったく急ぎません。『裁判』というサブタイトルが付いている後篇ですら、実際に裁判が開廷するのは物語の中盤なのですから。細かくカットが割られカメラがめまぐるしく動き回るという最近の風潮とは真逆で、カメラはじっくりと対象となる演技者を捉え続けていきます。俳優の演技に寄り添い、そのキャラクターを掘り下げていく。ひとりひとりがどんな人間であるのかを、きちんと描き、観客に感情移入できるようにしているからこそ、「生徒たちが学校内で裁判を行なう」という一見かなり突飛な設定が説得力を持ち、ラストに向かって観客の気持ちは盛り上がっていくのですね。そのためにも、この長尺が必要だったんだなということを納得させてくれます。

長回しのかなり多い演出ですから俳優陣のハードルも上がっているのですが、監督の期待に応えた少年少女たちの演技は見事です。それぞれがキャラが立っていて存在感を発揮している中で、特に主人公を演じた藤野涼子(役名と同じ芸名でデビュー)は、これが本格的な演技は初挑戦ということが信じられないほどの名演を見せてくれます。心に刺さった棘に耐えながら、それでも前を見て真実を追求しようとする彼女の流す涙の美しさ! 佐々木蔵之介、永作博美、小日向文世、黒木華、松重豊といった実力派の共演陣もあくまでも脇に徹して、若い俳優たちを引き立てています。

些細な嘘や沈黙が、さまざまな悪意と結びつくことによって、思わぬ悲劇を招きよせ、人々の運命を狂わせていく。いわゆるミステリー的な意外な真犯人といったどんでん返しや、裁判映画にありがちなドラマチックな逆転劇を期待すると肩すかしかもしれませんが、人間の心の闇をえぐり出し、そこに希望の灯をともす人間ドラマとして、ずっしりと心に響く作品です。

(『ソロモンの偽証 前篇:事件』は3月7日から公開、『後篇:裁判』は4月11日から公開)