『深夜食堂』映画化されても変わらないもの

原作は人気コミック。2009年からTVドラマ化され、深夜枠ながら注目を集めて第3シーズンまで続くシリーズものになりました(しかも、なんと台湾では舞台、韓国ではミュージカル版が上演されたそうです)。そして、今回の映画化です。

舞台は新宿、繁華街の路地裏にひっそりと佇む「めしや」。素性も本名も不詳のマスター(小林薫)が一人で切り盛りしていて、深夜0時から朝の7時ごろまで営業していることから、人は「深夜食堂」と呼んでいます。メニューとして掲示されているのは酒と豚汁定食だけですが、頼めば「できるもんなら何でも作るよ」というお店。ここを舞台に客たちの悲喜こもごもの人間模様と、それを優しく包み込むマスターの作る料理のどこか懐かしい味が描かれています。

さて、今回の映画版。最初に危惧していたのは、「映画だからといって特別なことをしようとしてはいないか?」ということでした。今まで数多のTVドラマの映画化がスケールアップを目指しましたが、このドラマにはそれはふさわしくないな、と思ったからです。しかし、TVの最初の段階から参加していた松岡錠司監督の手腕は確かでした。「マスターが新宿を飛び出して大冒険」を繰り広げることはなく、「マスターの過去や顔にある傷のついた理由」が明らかになることもありません。あくまでも「めしや」とその周辺を舞台に、市井の人々のささやかな物語が紡がれていくのです。(かなりセットが作り込まれたこと、そしてマスターの自宅や私服姿が初めて登場する、という点が映画版のサービス・ポイントですかね)

描かれる物語、というか登場する料理も派手なグルメ・メニューに走ることなく「ナポリタン」「とろろご飯」「カレーライス」といたってシンプル。急死した愛人が遺産を残してくれなかったために新しいパトロンを探す女(高岡早紀)としがないサラリーマン(柄本時生)の出会い、無銭飲食をした後でマスターの助手として住み込みで働くことになった訳ありの娘(多部未華子)、福島の震災ボランティアのOL(菊池亜希子)に恋してしまい東京まで追ってきた男(筒井道隆)という3つのエピソードが、季節の移ろいの中で描かれていきます(さらに、余貴美子、田中裕子も出演)。その周りをTV版で活躍してきた常連客たち(オダギリジョー、松重豊、光石研、安藤玉恵、谷村美月など)が囲んでいるのですが、メインになるのは新たなる登場人物なので、「TV版を見ていなかったからなぁ…」という初めての観客も安心して物語にひたることができます。

そして何より、変わらぬ小林薫の存在感が見事です。マスターは主役ですが、物語に積極的に絡んでいくわけではありません。ぶっきらぼうで言葉少なく、客とは微妙な距離感を保って受け身の立場に徹しているのです。それでいて節目節目には胃袋だけでなく心も温まる料理を出して、心の重荷を取り除いてくれる。常連客たちが夜な夜なこの店に集まる理由がわかります。まさに心癒される空間なんですね。よく知らないはずなのになぜか懐かしい…。佇まいだけでそれを体現しているのは彼ならではの味だと思います。できれば、またTVシリーズにも復活してほしいものです。

(『深夜食堂』は1月31日から公開)