洋画の吹替と字幕をめぐるあれこれ

日本語吹替版の誕生

実は外国語の映画を字幕で見るという行為は世界的にはあまり一般的ではありません。映画祭などの短期間の上映のものは例外として、興行として一般公開されるものは、その国の言語に吹替えるというのが常識なのです。しかしなぜか日本では外国映画が字幕上映されてきました。スターの生の声を聞きたいというファン心理か、オリジナル重視という姿勢からなのか、はっきりした理由はわかりませんが、洋画は字幕、という伝統はトーキーが誕生して以来ずっと守られてきました。

吹替というものが、本格化したのはTVの登場によってです。草創期の日本のTV局はまだ番組製作能力が低く、特にドラマはスタジオで生放送するのがやっと、という時代でしたから、質の高い海外(主にアメリカ)のドラマを輸入・放送する必要に迫られたのです。しかし、TV本体の画面が小さく、最初は白黒放送しかできませんでしたから、字幕では読みにくい。そこで日本語吹替版が作られることになりました。最初期には、1本の番組を一人の声優(という言葉もまだなく、「アテ師」などと呼ばれていました)が担当、すべてのキャラクターの声を当てるということもあったそうです。落語家や「まんが日本昔ばなし」みたいな話ですね。

やがてちゃんとしたドラマが求められると、「声の出演」が必要になってきます。当初は専業の声優などはいませんから、普通の俳優が当てていました。もっとも大物俳優はギャラ(製作費)の関係で高額なものは支払えませんので、新劇などの舞台俳優がアルバイト感覚で声優を務める、ということが多かったのです。さらに、アニメーションが大量に作られる時代がやって来ると、声優の需要も増加。舞台や映画に出ない、声優専業の人たちが現われてきます(さらに後にはアイドル化したりもしますが、その話はまた別の機会に)。余談ですが、先日亡くなった納谷悟朗氏(チャールトン・ヘストンや「ルパン三世」の銭形警部の声でおなじみ)は「声優」と呼ばれるのが大嫌いで、生涯「俳優・演出家」という肩書で通したそうです。

話を洋画に戻しますが、スターのイメージを固定するため、同じスターは同一の声優が担当するようになります。これを「フィックス」といいます。アラン・ドロンと言えば野沢那智、「刑事コロンボ」のピーター・フォークなら小池朝雄、クリント・イーストウッドの山田康夫、といった方々ですね。しかし、当時は放送局が変わって放映される場合、各局で日本語版を作り直していたので、局によってその「フィックス」の配役やセリフの翻訳が違ったりすることもあって、マニアはその違いを楽しんだりもしていました。

人気スターの起用が話題に

さて、まだ家庭用ビデオや衛星放送の登場以前、昔の映画を観ようと思えば、名画座で上映されるかTVで放送されるのを待つかしかなかった時代。首都圏のように名画座環境の恵まれた地域ではないところに住む映画ファンにとって、TVの洋画劇場は何よりも貴重な存在でした。またTV局にとっても、大作・話題作は確実に視聴率を稼げるキラーコンテンツでしたので、春と秋の番組改編期(当時はドラマも2クールが普通でした)や年末年始には欠かせない存在でした。そこで、さらなる話題作りのために、人気タレントの起用を始めます。たとえば『ある愛の詩』に山口百恵と三浦友和、『小さな恋のメロディ』に当時人気子役だった杉田かおる、『アメリカン・グラフィティ』のウルフマン・ジャック役に桑田佳祐(別バージョンでは小林克也)など。『スター・ウォーズ』の渡辺徹、大場久美子、松崎しげるのようにファンからブーイングが出たものもありましたが…。

こうしたスター登場企画は、家庭用ビデオの時代になっても続きました。これはビデオが基本、字幕版でリリースされていたからで、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を織田裕二と三宅裕司で、『プリティ・ウーマン』を石田純一と浅野ゆう子で、『タイタニック』を妻夫木聡と竹内結子で、といった具合。確かに放映当時話題になったのは事実です。

DVDの登場でこの状況に変化が訪れます。DVDにはマルチトラックでいくつもの音声が収録可能になったため、オーディオコメンタリーなどが特典で付くようになったのです。そこで、日本語吹替版も収録しようとしたのですが、TV放映時に録音したものの権利がクリアできなかったり、また権利が取れても、放映時にカットされていた部分の音声が未収録だったりという不満が続出。結局、多くの場合で新録音されるようになりました。

映画館では、暗闇の中でスクリーンに向かって集中しているため、字幕でも不都合は感じないのですが、家庭ではながら視聴になってしまうケースも多いため、画面から目を離していてもセリフでストーリーの流れがわかる吹替版は重宝されます。また、あらかじめ契約をきちんとしておけば、DVDリリース時に作成した日本語版を、そのままTV放映に流用できるとあって、DVD化の際に吹替版を付けるということが当たり前になっていきました。洋画を吹替で見る、ということに抵抗がなくなっていったのです。

劇場でも吹替の時代が

しかし、あくまでも劇場で公開される洋画は、ディズニーなどの子供向け映画を除いては、字幕で上映されるのが普通でした(先に名前を挙げた『スター・ウォーズ』などは、わざわざ「日本語版」として時期も配給会社も別で封切られているほどです。もちろんTV放映版とは違う役者が吹き替えています)。その転換点になったのが『ハリー・ポッターと賢者の石』です。原作が児童文学の大ベストセラーということもあって、小さな子供向けに日本語吹替版も作って上映したところ、予想外の集客力を見せ、劇場によっては字幕版を上回るところもあったのです。しかも当初想定していた子供だけでなく、大人のファンも吹替版を見に来たのです。アンケートの結果では「字幕を見ないですむ分、画面に集中できる」「字幕と人物を交互に見るのが面倒」という意見が大勢を占めました。中には「漢字が苦手だから」というトホホな意見もあったのですが…。結果、同作は『アナと雪の女王』に抜かれるまで日本での興行成績3位となる大ヒットを記録。以降、幅広い層をターゲットにする大作映画の場合は日本語吹替版も同時上映するということが当たり前になったのです。さらに、人気スターや話題の人を起用することで、TVのワイドショーなどで取り上げられることも多くなり、宣伝効果もある、と考えられるようになってから、この傾向にますます拍車がかかって現在に至っているのです。

最後に、吹替えをめぐる、いくつかのエピソードをご紹介します。

○字幕には文字数制限があるため、すべてのセリフを翻訳することができません。そのためセリフの長いシーンや説明の多い映画は訳者も苦労するところ。『ダ・ヴィンチ・コード』のように情報量や専門用語の多い時には「字幕版で見てわからなかったことが吹替版で見直したら理解できた」という観客が続出しました。

○3D映画は当初、うまく字幕を付けることができなかったので、必ず吹替版で上映されていました。3Dで字幕が実現できたのは『アバター』から。やはりジェームズ・キャメロンは先駆者なのかも?

○『ダイ・ハード』シリーズが初めて劇場で吹替上映された『4.0』の時、ブルース・ウィリスの声を担当したのはTVで何度も同シリーズを手掛けた野沢那智でした。しかし、DVD版のシリーズ旧作では樋浦勉がずっと担当してきたため新しいファンからは「違和感がある」との声も。そこでDVD化の際には2人それぞれが主演するバージョンをダブルで収録ということになりました。

○アニメの『シンプソンズ』が映画化された際には和田アキ子やロンブーの田村淳、所ジョージなどが声優を務めました。これに猛反発したのがTVシリーズ時代から応援してきたファンたち。彼らの声はネット時代を迎えていたこともあって抗議活動にまで広がり、結局ソフト化の際にTVオリジナル・キャストの声も収録することで決着を見ました。

○人気スターの起用という風潮の真逆を行ったのが『パシフィック・リム』。怪獣対巨大ロボットというテーマに合わせ、ロボット・アニメ等で活躍している声優陣をずらりと揃え(菊地凛子の声まで林原めぐみに吹き替えさせているという徹底ぶり!)、ファンの心をつかみました。日本語版のみ「ロケットパンチ!」になっているのもご愛嬌。