日本映画のアクションは新時代に突入!『るろうに剣心 京都大火編』

前作『るろうに剣心』(大友啓史監督)は、日本映画のアクションが新しい時代に到達したんだなぁと感じさせてくれる作品でした。時代劇でありながら、いわゆるチャンバラの枠にとどまらず、しかも単なる格闘アクションとも違う躍動感。それは続編にあたる『京都大火編』でさらにパワーアップされていました。

ストーリーに関しては、大ヒットマンガが原作ですので改めて語る必要もないでしょう。原作の中でも最大のスケールを誇る「京都編」(明治新政府に対するクーデターを目論む志々雄真実一派との激闘を描く)の映画化です。もっとも、長大な原作を不本意な形でダイジェストするわけにもいかないので、前後編という形をとらざるを得ませんでした。それでも前編にあたる『京都大火編』だけでも2時間20分近くあります。しかし長いからといってダレる場面はほとんどありません。緋村剣心(佐藤健)と志々雄真実(藤原竜也)という、同じカードの裏表とも言える二人の宿命の対決に向けて、物語はいやがうえにも盛り上がっていくのです。

そもそもマンガ原作の映画には、マンガの世界を忠実に再現するか、それとも自由な発想で映画ならではの世界を作り上げるか、という二者択一のジレンマがありました。前者に徹すれば原作ファンは満足するかもしれませんが、「そのままじゃないか」という批判を受けます。後者の場合は、原作とイメージが違うというただその一点において原作ファンにそっぽを向かれてしまうリスクがあるのです。そんな中、原作の精神に忠実(特にキャスティング)でありながら、原作に縛られずに魅力的な物語を作り上げた前作は、マンガを映画化する理想的な形だったように感じられました。

それは、この続編にも生きています。まずはキャスティングの妙。宿敵・志々雄は全身包帯姿という特殊なキャラですが、素顔をほとんど見せないにも関わらず、藤原竜也の力強いセリフ回しが、その表情を感じさせてくれます。舞台で培った演技力の賜物でしょうか。瀬田宗次郎役の神木隆之介もマンガの画面から飛び出してきたよう。一番の難役は伊勢谷友介演じる四乃森蒼紫だったと思うのですが(なにしろ、蒼紫と剣心の因縁を描く「御庭番衆編」は彼抜きの形でアレンジされて前作に組み込まれてしまったので、蒼紫が剣心に対して抱く執着の理由付けがありません)、伊勢谷の鬼気迫る熱演によって説得力を持たせているのですね。何より筆者のイチオシは翁を演じる田中泯です。彼と蒼紫の激闘は主人公たちのアクション以上の迫力に圧倒されたのです。優れた殺陣ももちろんですが、舞踏家としての田中泯の実力ここにあり、といった感じでしょうか。

主人公の剣心サイドで言えば、刀狩の張(三浦涼介)との戦いが最大の見せ場。トリッキーな動きで縦横無尽に駆け回るアクションは、間違いなく日本映画の新次元に突入しています。アクション監督は香港のドニー・イェンのもとで活躍してきた谷垣健治。体を低くした独特の姿勢や、屋根の上を駆ける躍動感など、俳優だけでなくカメラマンも動き回っているのが感じられる立体感のある画作りは、観客も映像の中へ引き込もうとしているかのよう。ただ、今回は話がひたすらシリアスに展開するので、剣心ののほほんとした姿が冒頭数シーンのみで終わってしまったのは残念でしたが…。

今回も原作の精神を継いでいながら、ストーリーは途中からオリジナルな展開を見せ始めます。原作ではほとんど活躍できなかった戦艦・煉獄がその雄姿を見せるのがその一例。後編の『伝説の最期編』(9月13日公開)に向け、期待は果てしなく高まっていきます。日本映画では珍しいスケール感を誇るこの作品。まさにこの夏必見と言えるでしょう。

(付記)

とは言え、やはり限られた時間で映像化するため、どうしても主人公中心のお話になってしまうのですね。そのため個性的なキャラが揃った十本刀の出番がかなり減らされてしまいそうです。相楽左之助(青木崇高)と安慈(丸山智己)の旅先での出会いのくだりなどはまるまるカットされてしまいましたから。後編での出番はどうなるのでしょうか…。

(『るろうに剣心 京都大火編』は8月1日から公開)