精神世界を旅する『大いなる沈黙へ/グランド・シャルトルーズ修道院』の映像体験

3時間近い(169分)ドキュメンタリー、しかもナレーションなし、劇伴音楽なし、という事前情報からかなり腰が引けていたのですが、サンダンス映画祭の審査員特別賞をはじめ世界の各映画賞で受賞、絶賛されたこの作品が、なんと2005年の公開から9年越しの日本上陸とあって、観に行くことを決意しました。

最初に、この映画の成り立ちについて説明しておいた方が良いでしょう。舞台になるのは、フランスアルプス山脈に建つグランド・シャルトルーズ修道院。ここはカトリック教会の中でも厳しい戒律で知られ、修道士たちは俗世間から完全に隔絶された生活を送っています。なにしろ、日曜の昼食後の散歩の時間以外には、会話すら許されないのですから。もちろん内部にカメラなどが入ったことはありません。

ドイツ人監督フィリップ・グレーニングが修道会に撮影を申し込んだのが1984年。その時は「まだ早い」と拒否され、実際に撮影許可が下りたのは16年後のことでした。監督は修道会との約束に従い、ただ一人カメラを携えて6か月間を修道士と共に暮らし、記録映像を撮影したのです。

しかし「秘密のベールに隠された修道院の内部を初公開!」などというセンセーショナルなものを期待すると、肩すかしを食います。カメラは驚くほど淡々と、修道士たちの日常生活を切り取っていくのです。照明なども使えませんから、明りは自然光のみ。解像度だってさほどではありません。ナレーションも字幕による説明もないので、一見すると彼らが何をしているのかが理解できない場面も多々ありますが(監督は「それでもかまわない」と発言しています)、じっと画面を見つめていると、だんだん不思議な気分にとらわれてくるのです。ナレーションも音楽もないとは言え、サイレント映画ではありませんから、生活音は流れてきます。風の音、雨の音、雪の音、修道士たちの衣擦れや足音、鐘の音…普段なら気にも留めないような自然の音が妙に耳に残り、中盤で修道士たちによる讃美歌が流れてくるあたりで、いつもとは違う時間の流れに身をゆだねているのを感じてくるのです。まさしく精神のトリップ!

改めて思うと、我々、特に都会に住む者は、驚くほど「音」に囲まれて生きています。たとえば渋谷のスクランブル交差点に立って見てください。いくつもの大型ビジョンがそれぞれ違うものを流しています。商店街からは各店で違うBGMが。駅ではひっきりなしにアナウンスが入り、エレベーターだってしゃべります。そんな中、多くの人が耳にイヤホンを付けて音楽を聴いている。もちろん車の音に人々の会話も…。まさに騒音都市です。

この映画を観ることは、そんな日常から離れた別世界へ旅することになるのですね。残念ながら家庭でDVDやBDを観ても、どこからか「現実世界の音」が入ってきてしまうので(よほど防音設備の整った環境でもない限りは)、この感覚を再現することは難しい。やはり劇場で体験するべき映画だと思います。

私はクリスチャンではありませんから、この映画から宗教的感銘は受けなかったのですが、この静けさと移ろいゆく季節を捉えた映像、そして時おりアップで映し出される修道士たちの顔(その瞳はいずれも美しい!)によって、自分自身と対話しているような気持になれました。まさしく未知の映像体験。観終わった後、現実世界に復帰するのに少々時間がかかったことを白状しておきます。

(付記)

とは言え、観る人を選ぶ映画であることは確かです。試写室でもすやすやとお寝みになっている方を何人か見かけましたから。決して睡眠不足やお疲れの状態では観に行かれないように…。

(『大いなる沈黙へ/グランド・シャルトルーズ修道院』は7月12日から公開)