単なる宗教映画だと思わないで!『ノア/約束の舟』

旧約聖書の「創世記」にある「ノアの箱舟(原典通り立方体に作られているので「方舟」の方がふさわしいかな?)」のエピソードを最新VFXを駆使して壮大なスケールで描いたスペクタクル大作。ストーリーはあまりにも有名なので、皆さんご存知ですよね。神は堕落した人間をすべて地上から消し去り、新たな世界を作る決意をします。しかし、善良なるノアだけは神の声を聞き、家族とともに箱舟を作り始めます。やがて、動物たちがつがいで船に乗り込むと、大洪水が起き、世界は水没してしまうのです。ノアの家族と動物たちを乗せた箱舟だけを残して…。

聖書、と聞くと何やら身構えてしまいそうになりますが、単なる宗教映画ではなく、様々な角度から見ることができ、いろいろ考えさせられる映画でもあります。

ストーリーのところで”神”という言葉を使いましたが、実際に映画の中で使われている表現は”クリエイター”。決して”ゴッド”でも”ロード”でもありません。もともと旧約聖書はキリスト教誕生以前のユダヤ教の経典なのですが、あえて”造物主”という言葉を選び、”神”でも”主”でも、ましてや”ヤーウェ(ヤハウェ、ヤーヴェとも)”でもないことで、この映画を特定の宗教だけのものにしない、という考えが見てとれます。

また、紀元前数世紀という大昔が舞台であるにもかかわらず、どこか「最終戦争後の荒廃した大地を舞台にしたSF映画」にも似た雰囲気を醸し出しているところにも注目。堕落した人間とはすなわち、「大地から資源を奪い尽くすのみで、決して守ったり育てようとはしなかった人々」であり、現代の大量消費社会に対する戒めともとれるのです。

さらに、(詳しくは書けませんが)、”ウォッチャーズ(番人)”と呼ばれる存在がSF映画的ムードをますます高めてくれます。彼らが、箱舟の建設に大きな力となっているところもポイント。聖書ではノアは何百年も生きた長命な人間で、100年近い歳月をかけて箱舟を作ったことになっています。しかし、さすがに現在の視点で映画化するにはあまりにリアリティのない設定ですね。かと言って、あれだけの巨大なものを家族の力だけで短期間で作るのは不可能。そこでウォッチャーズの存在が活きてくるというわけです。

監督のダーレン・アロノフスキーは、箱舟を聖書の記述通りに作ろうと決めていました。箱舟は高さ13m、幅22m、全長133mの3階建て。通常ならば、これはCGI処理で作られ、俳優たちがグリーン・バックの前で演技をするところですが、あえて巨大なセットを建造、俳優にはその中で演技をさせています。普通、セットを作るときは、撮影しやすいように各階は別々に作るものですが、監督は一つの階の上に別の階を作るという常識破りの構造を採用。それによって、演技にリアリティが生まれると共に、カメラの上下移動によって視覚的ダイナミズムも加えられました。

もちろん大洪水のシーンの迫力は、凄絶なもの。これはぜひ劇場の大画面&大音量で体感していただきたいものです。CGではあの迫力は出せませんから、大量の水が実際に使用されています。22000ガロン(約83280リットル)を貯蓄できるタンクが5つ使われたと言いますが、あまりに大量すぎて、こちらの想像力が追いつきません(笑)。1分間に5000ガロンの雨を降らせたというのは、映画史に残る大記録なのではないでしょうか。念のために申し添えておきますが、水は注意深くリサイクルされて無駄にはしていないそうです。

ところが、圧倒的なビジュアルに心奪われるこの洪水のシーンが映画のクライマックスかというと、実はそうではありません。ここから、映画は聖書を離れ、オリジナルの展開を見せていくのです。聖書ではノアの子どもたちは、それぞれの配偶者を連れて箱舟に乗ったことになっています。したがって、映画のような物語にはなりえないのです。(さらに言えば、ノアの宿敵であり、堕落した人間の象徴でもあるトバル・カインも創世記に登場する人物であり、ノアの物語とは関係ありません)後半の人間ドラマはノアを演じるラッセル・クロウの、瞳に狂気すらにじませた大熱演もあって、家族・父子の絆や使命について、心にずしりと響いてきます。問われるのは、「神から与えられた使命か、人間としての道か」ということでしょうか。私はここに現代の宗教紛争に対するメッセージを見ました。人を幸せにするために生まれてきたはずの宗教が、その教えを忠実に守ることによって他者を攻撃し、争いや悲劇を生みだしていくことへの警鐘です。最近のナイジェリアのボコ・ハラムの女子学生誘拐事件の例を見てもわかるように、宗教的に正しいとされる行動が、人の幸福を踏みにじってしまうこともあるのです。ならば人は、どう生きていくべきなのか。ここでこの映画は単なる「聖書の映画化」を越えた、普遍的な問いを投げかけているのではないでしょうか。

(付記)

人間の堕落の象徴として、もうひとつ強調されているのが肉食。しかし、「肉食は悪」という決めつけがあまりにも露骨で辟易する部分も。後で聞いたら監督のアロノフスキーはベジタリアンなのだとか。納得!

(『ノア/約束の舟』は6月13日から公開中)