タイトルにだまされた!? しかし中身は見ごたえありの歴史劇『皇帝と公爵』

 まず最初に一言。題名に偽りありです。「皇帝」=ナポレオンは肖像画しか出てきませんし、「公爵」=ウェリントン将軍はまだ公爵になっていません。マチュー・アマルリックとジョン・マルコヴィッチ(ウェリントン役)を対比させたビジュアルなので間違えそうですが、アマルリックの役はナポレオン軍のマッセナ元帥(メルヴィル・プポー)を補佐するマルボ男爵役で、皇帝本人ではありません。また、ナポレオン軍対連合軍の知略をつくした攻防戦を期待すると肩すかしになります。この映画、2時間32分もありますが、その8割以上は行軍シーンなのです。

 では、まったくダメでつまらない映画か、と言うとそうではありません。歴史の本では語られることの少ない部分を描き出した、見どころの多い作品でした。

 まず物語の背景を説明しておきましょう。舞台は1810年のポルトガル。ナポレオン指揮下のフランス軍はポルトガルへの再侵攻を開始。これを迎え撃つのはイギリスとポルトガルの連合軍、率いるのは前回の仏軍の侵攻を撃破し、この数年後にはワーテルローの戦いでナポレオンを撃破することになるイギリスの知将ウェリントンです。9月27日にはブサコの戦いで連合軍は仏軍に勝利します(映画はここから始まります)。しかし、数に勝るのはまだ仏軍の方でした。連合軍はウェリントンが密かに建造させていた要塞トレス線(原題を直訳すると「ウェリントンの線」つまり、この最終防衛線のことです)に仏軍を誘い込むための戦略的撤退を始めます。それに多くの住民たちが従い、黙々と行軍は続くのでした…。

 ナポレオンの戦いを描く場合、多くはトラファルガーの海戦かワーテルローの戦いということになり、ポルトガルへの侵攻戦が語られることはまずありません。おそらく歴史書でも、わずか数行でかたずけられてしまうような部分です。しかし、英雄や王侯貴族の物語の裏には、否応なく戦乱の渦に巻き込まれてしまい、そんな中でも懸命に生きようとした名もなき人々の姿があったことをこの映画は教えてくれます。

 戦死した戦友の新妻に悲しい知らせを届けなければならないポルトガル軍の軍曹がいます。はるばるアイルランドから嫁入りした彼女は言葉も通じない異国の地でひとりぼっちになってしまい、それを気に掛けるうち、軍曹はいつしか彼女に惹かれていきます。

 負傷して病院に運ばれた中尉は、乱入してきた仏軍から命からがら逃れ、味方と合流すべく戦場を駆け抜けます。同行していた妻とはぐれてしまった宣教師は必死で彼女を探し続けますが、ようやく再会した時、妻は…。家族の面倒を見ながら馬車で旅するイギリス人令嬢は、英国軍少尉を誘惑しながらも、裕福な結婚相手を探しています。略奪に走る脱走兵がいます。神父でありながら戦闘に身を投じた男がいます。トレスでは要塞の建設に駆り出され、働き続ける親子の姿も。

 一方でフランス軍の上層部は、愛人同伴で戦場に来たり、逃げ出さなかったスイス人商人のもてなしをうけたりして(この場面で、ミシェル・ピコリ、カトリーヌ・ドヌーヴ、イザベル・ユペールという豪華ゲストが登場、ちなみに元帥の愛人役はドヌーヴの娘キアラ・マストロヤンニ)、腐敗ぶりが強調されます。一方のウェリントンにしても、従軍画家(ヴァンサン・ペレーズ)に自分を英雄的に見える肖像画を描かせる見栄っ張りの人物として描かれているのです。この対比によって、戦争の持つ愚かしさが際立たせられていきます。

 この映画はもともとチリ生れの名匠ラウル・ルイスの監督作として準備されていたものでした。しかしルイスは志半ばで他界。彼の生涯のパートナーだったバレリア・サルミエントによって完成に至ったのです。やたらと豪華な出演者が揃っているのは、ルイスへ敬意を捧げたものなのでしょう。製作国はポルトガルとフランス。近年『ポルトガル、ここに誕生す/ギマランイス歴史地区』など他国の才能を積極的に起用しながら自国の歴史を掘り下げようとしているポルトガルの熱意を感じながらも、自国を悪役に描いた映画にも出資するフランスの懐の深さも思い知らされました。

 何より興味深かったのは当時の人々の生活ぶりが、徹底したリサーチをもとに再現されている点。大軍に追われながらの退却とはいえ、一般市民は意外に平静です。召使を従え、移動書斎とも言えそうな大荷物を持って旅する者がいたり、恋愛遊戯にふけったりする者までいます。強く印象に残るのは女性たちのたくましさ。大きな歴史のうねりの中に巻き込まれ、様々な苦しみを味わいながらも、また明日へ向かって立ち上がっていく。したたかで強い女たちが生き生きと描かれているのも監督が女性に替わったからなのかもしれません。こうしたディテールはどんなに歴史書を読むよりも映像で描かれた方が雄弁です。そういう意味では当時の歴史に興味を持つ人たちは見逃せない映画と言えるでしょう。

(『皇帝と公爵』は12月28日から公開)