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インフレ率の上昇で実質成長率は高まるか

小黒一正法政大学経済学部教授

新政権誕生でデフレ脱却に向けた政策に注目が集まる中、「インフレ率の上昇で国民生活が豊かになる」という幻想が一部に漂っているのが少々気になる。

個人的にはデフレは望ましくないと考えているが、かつてのコラム「消費増税法案:「景気条項」設定に「GDP成長率」は適切でない」でも説明したように、一国の本当の豊かさの向上を表すのは「名目GDP成長率」でなく、「実質GDP成長率」である。

このため、「インフレ率の上昇で国民生活が豊かになる」とは、「インフレ率の上昇で実質GDP成長率が上昇する」ことを意味する。

これは「インフレ率の上昇→実質GDP成長率の上昇」という「因果関係」があることを主張するが、そもそも、「インフレ率」と「実質GDP成長率」という変数の間に「相関関係」は存在するだろうか(注:相関は因果を含意しないものの、相関関係は因果関係の必要条件の1つである)。

以下の図表は、OECD(経済協力開発機構)加盟国等の1951年-2011年のデータに基づき、「インフレ率」と「実質GDP成長率」の関係をプロットしたものである。具体的には、「インフレ率=名目成長率-実質GDP成長率」として、横軸に「インフレ率」、縦軸に「実質GDP成長率」をとっている。

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この図表をみれば一目瞭然であるが、同じインフレ率でも、実質GDP成長率の値には「ばらつき」があり、実質GDP成長率がプラスの値をとるケースもあれば、マイナスの値をとるケースもあることが分かる。

すなわち、インフレ率と実質GDP成長率の間に、相関関係は確認できない。なお、この図表には、インフレ率と実質GDP成長率の回帰直線を描いているが、この直線は水平に近く、回帰直線の説明力を表す決定係数(R^2)の値も低い。

これは、「インフレ率の上昇で、実質GDP成長率が上昇する」とは限らないことを意味する。デフレ脱却の重要性を否定するものではないが、一国の本当の豊かさの向上を目指すのであれば、実質GDP成長率を高めるような成長戦略の推進が望まれる。

法政大学経済学部教授

1974年東京生まれ。法政大学経済学部教授。97年4月大蔵省(現財務省)入省後、財務総合政策研究所主任研究官、一橋大学経済研究所准教授等を経て2015年4月から現職。一橋大学博士(経済学)。専門は公共経済学。著書に『日本経済の再構築』(単著/日本経済新聞出版社)、『薬価の経済学』(共著/日本経済新聞出版社)など。

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