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新型コロナのデマが情報戦の「武器」になる

平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

新型コロナウイルスをめぐるデマや陰謀論の拡散が、国際情報戦の「武器」として、米国やロシア、中国、イランの間で激しい応酬が続いている。

米国務省は、新型コロナウイルスについて「ロシアが200万件の陰謀論を拡散」と指摘。さらに米国では、保守派議員などが「中国による生物兵器」との陰謀論を主張する。

一方で、イランの政府系メディア「プレスTV」は、「米国による生物兵器」との陰謀論を主張し、新型コロナウイルス対策が米国による経済制裁によって阻害されている、と米国批判を展開。

ロシアの政府系メディア「RT」も、「米国による生物兵器」との陰謀論を後押しする。

さらに中国の政府系メディア「グローバル・タイムズ」は、「中国の生物兵器」との陰謀論を否定するとともに、米中貿易摩擦などに絡めて、米国が新型コロナウイルスを政治利用しているなどと批判する

これらの国際情報戦に加えて、詐欺や悪質商法などのデマも拡散を続ける。

メディアベンチャー「ニュースガード」の調べでは、すでに米欧で新型コロナウイルス関連のデマなどを流すサイトは117に上り、米国の70を超すサイトだけでも過去3カ月で5,200万を超すエンゲージメント(いいねや共有)を獲得しているという。

国家レベルの情報戦と詐欺・悪質商法が入り混じるデマ拡散について、元FBI捜査官で米シンクタンク「外交政策研究所(FPRI)」のクリント・ワッツ氏は、その危険度や緊急性に応じた対応の仕分けが必要だと指摘

国際的な情報戦は、より長期的な影響が懸念されるが、詐欺や悪質便乗商法などのデマは、感染そのものにかかわる緊急性を要し、より早急な対策が求められるという。

新型コロナウイルスの国際的な感染拡大は、デマの国際的な拡大ももたらす。だがその対策には、時間軸を見据えた取り組みが必要になってきているようだ。

●「200万件の陰謀論ツイート」

ロシアによる虚偽情報のエコシステムがフル稼働している。

米国務省でプロパガンダ対策を担うグローバル・エンゲージメント・センターのコーディネーター、リー・ガブリエル氏は、5日に行われた上院外交委員会の小委員会で証言に立ち、新型コロナウイルスをめぐってこう述べた

米FOXニュース出身のガブリエル氏は、さらにこうも指摘している

我々はこれまで、世界中の人々が恐怖を感じる健康危機に乗じて、敵対する国々が勢力拡大をもくろむのを目にしてきた。新型コロナウイルスはその一例にすぎない。

同センターは、これに先立って、今回の新型コロナウイルスをめぐるデマや陰謀論についての報告書をまとめている。

仏AFP通信米ワシントン・ポストによると、同センターは、世界保健機関(WHO)が新型コロナウイルスに関する緊急事態宣言(1月30日)を出した前後3週間(1月20日~2月10日)に米国外で投稿されたソーシャルメディアの書き込み2,900万件を分析した。

すると、全体の約7%にあたる200万件が、新型コロナウイルスに関するデマや陰謀論を扱っていた、という。

これらは、シリア内戦、フランスでの政府への抗議デモ「黄色いベスト」運動、チリでの大規模な反政府デモなどに絡んで、ロシアの主張を拡散させてきた数千のアカウントが、今回の新型コロナウイルスに関して投稿を行っているのだという。

これらの投稿は、英語、スペイン語、イタリア語、ドイツ語、フランス語でほぼ同じタイミングで行われ、ロシアのダミーサイトへのリンクや、ロシアの政府系メディア「RT」「スプートニク・ニュース」と同じような論調の内容だったという。

デマや陰謀論の中には「米国が中国を標的にした生物兵器」「ビル・ゲイツ氏の財団が利益を得ている」などの内容も含まれていた。

新型コロナウイルスに関するデマの排除に取り組むフェイスブックやツイッターは、国務省の報告書について、その具体的なデータ提供を求めている。

だが同省は、今のところ開示をしないという姿勢を崩しておらず、米国務省の主張を裏付ける詳細は不明なままだという。

米国では新型コロナウイルスの感染拡大の一方で、米大統領選の予備選挙も進行中だ。そして、2016年の前回大統領選と同様に、ロシアによる選挙介入への警戒感もある。

14州で予備選挙が行われた候補者選びの山場「スーパーチューズデー」の前日の3月2日には、国務省、司法省、国防総省、国土安全保障省、国家情報長官室、連邦捜査局(FBI)、国家安全保障局(NSA)、サイバーセキュリティ・インフラセキュリティ庁(CISA)は連名で、「我々は警戒態勢を継続し、2020年大統領選を妨害するいかなる試みにも対応する用意ができている」との共同声明を発表している。

これに先立ち、米情報機関の観測として、ロシアが今回の大統領選では現職のトランプ氏に加え、民主党では左派のバーニー・サンダース氏を後押しする動きがある、とも相次いで報じられている

新型コロナウイルスと大統領選。米国はこの二つの情報戦に直面している。

●ロシア、イラン、中国の情報戦

新型コロナウイルスのデマをめぐって、米国の矛先はロシア、そして中国に向いている。

一方で、批判を向けられたロシア、中国、さらに米国の経済制裁下にあるイランは、新型コロナウイルスをめぐる混乱の“元凶”として、米国を名指ししている。

米シンクタンク「外交政策研究所」のプロジェクトマネージャー、レイチェル・チェルナスキー氏は、これらの国々が政府系のメディアを通じ、米国が新型コロナウイルスを政治的に利用し、ウイルスの感染拡大を悪化させた、との主張を展開しているという。

チェルナスキー氏によると、新型コロナウイルスについて「米国による生物兵器」などの陰謀論を主に展開しているのは、ロシアよりもむしろ、米国による経済制裁を受けているイランなのだという。

イランの政府系メディア「プレスTV」は、新型コロナウイルスが「中国向けの生物兵器」で、米国のユダヤ人グループやイスラエルが「より致死的なウイルスをイラン向け生物兵器として投入した」、などとしている。

さらに、米国による経済制裁がイランの新型コロナウイルス対策の障害になっている、などの米国批判もあわせて行っている、という。

ロシアの政府系メディア「RT」は、イランが発信源となっている「生物兵器」などの陰謀論を、さらに拡散する役割を担っている、とチェルナスキー氏は見立てている。

チェルナスキー氏によると、中国は、イラン、ロシアとはややメッセージのトーンが異なるという。新型コロナウイルスの感染源であり、その情報開示や対応をめぐる批判が集中してきた中国は、自国に対するネガティブイメージの払しょくに重きを置いているようだ。

そのため、政府系メディアの「グローバル・タイムズ」は、新型コロナウイルスの「中国の生物兵器」陰謀論の否定のほかには、中国の監視体制や閉鎖性に対する批判への反論などを主に展開している、という。特に対米関係では、貿易摩擦と絡めて、米国が新型コロナウイルスを政治利用しようとしている、などの主張を行っている、とチェルナスキー氏は指摘する。

●デマ・陰謀論の発信サイト

新型コロナウイルスをめぐるデマや陰謀論を発信する、様々なウェブサイトも特定されつつある。

サイトの信頼度を判定する米メディアベンチャー「ニュースガード」は、2月25日に新型コロナウイルスに関するデマ・陰謀論を発信するサイトの追跡プロジェクトを開始

1週間後の3月3日には、米国に加え、英国、フランス、イタリア、ドイツの5カ国で106のサイトを特定した。10日現在で、その数はさらに増え、117サイトに上る

3日の段階で、このうち米国の75サイトの直近90日間のエンゲージメントを調べたところ、合計で5,200万件にのぼったという。

一方で、米国保健福祉省傘下で感染症対策を担う疾病予防管理センター(CDC)と世界保健機関(WHO)のサイトの同じ90日間のエンゲージメントは合わせて36万件だった。

「ニュースガード」が特定したサイトの中には、イラン政府系の「プレスTV」や、ロシア政府系の「スプートニク・ニュース」の仏伊独語版、「RT」の独語版といったものも含まれる。

その一方で、健康に関する陰謀論などを発信する右派サイト「ナチュラルニュース」もある。同サイトは54ものサイトによるネットワークをつくっており、その数は「ニュースガード」が特定した米国サイトの7割を占める。

同サイトは陰謀論の発信とともに、サプリメントなどのネット販売などで知られ、2019年6月にはフェイスブックからスパム認定による削除措置を受けている。

米国内ではこのほか、やはり陰謀論とサプリメント販売で知られる右派サイト「インフォウォーズ」なども、「ニュースガード」のリストに含まれている。

「インフォウォーズ」はまた、フェイスブックツイッターによる削除措置の対象とされてきた。同サイトは、2016年の米大統領選をめぐって発砲事件にまで発展した陰謀論「ピザゲート」の発信源の一つでもあった。

※参照:「ネット陰謀論の王」はいかにしてソーシャルメディアから排除されたか(09/08/2018 新聞紙学的

新型コロナウイルスをめぐるデマ、陰謀論には、政府間の情報戦からネットの物販まで、様々なプレーヤーが入り混じっていることがわかる。

●デマの危険度と仕分け

「外交政策研究所」の特別研究フェロー、クリント・ワッツ氏は、デマや陰謀論の発信者は多様であり、その危険度、緊急度の違いを理解し、すぐに対処すべきもの、長期的に対応すべきものを仕分けていくことが必要だと述べる。

ワッツ氏は米陸軍、FBIでテロ対策に携わり、2016年の米大統領選直後には、ロシアのフェイクニュースによるプロパガンダ戦略をまとめた報告書を発表。2019年6月に下院情報特別委員会で開かれた「ディープフェイクス」問題をめぐる公聴会でも証言をしている。

※参照:デマニュースはロシアのプロパガンダか、カネのなる木か(11/27/2016 新聞紙学的

※参照:「ディープフェイクス」に米議会動く、ハードルはテクノロジー加速と政治分断(06/22/2019 新聞紙学的

ワッツ氏は、今回の新型コロナウイルスをめぐる、喫緊の脅威となるデマや陰謀論として、三つのタイプを挙げる。

・公共の安全への脅威(パニック扇動、疑似科学の流布、偽の治療薬などの販売)

・金融市場への影響(取り付け騒ぎの誘発、市場操作によるパニック発生)

・人種差別の先鋭化(アジア人へのヘイト・挑発・暴力、感染国の市民への暴力や反対運動)

特に、直近の影響が最も大きいデマ・陰謀論の発信元として、偽の治療薬販売や広告収入を狙う詐欺商法を挙げる。その一方で、国家レベルの情報戦については、継続的で長期的な脅威と位置付けている。

実際に、「ナチュラルニュース」や「インフォウォーズ」のほかに、米食品医療品局(FDA)が「深刻で命にかかわる可能性の副作用がある」と以前から指摘する「MMS」と呼ばれる偽の“万能薬”の宣伝が、新型コロナウイルスに絡んでネット上に出回っていた。

※参照:漂白剤は新型コロナウイルスの“特効薬”ではない(02/02/2020 新聞紙学的

死者が出る事態も起きている。

USAトゥデイなどによると、イランでは、新型コロナウイルス対策だとして密造の中毒を引き起こすアルコール(メタノール)を飲んだことが原因で、10日までに少なくとも44人が死亡した、という。

同国では飲酒が禁止されているが、アルコールを飲むことで新型コロナウイルスの予防や治療に役立つとのデマが流れていたという。

●「ウイルス予防商品」への注意

日本でも消費者庁が3月10日、新型コロナウイルスへの予防効果を標ぼうする商品について、商品表示の改善要望と消費者への注意喚起を発表している

「新型コロナウイルス 感染予防サプリメント!! ビタミンCとビタミンD」「コロナウイルス対策サプリ、ウイルス感染症の予防、症状軽減にはビタミンC、ビタミンD、亜鉛、マグネシウム、セレンの摂取が重要」「世界的にコロナウイルスは猛威、ウイルス予防に梅肉エキス」などのうたい文句の“いわゆる健康食品”23事業者40商品。

さらに、マイナスイオン発生器・イオン空気清浄機(4事業者3商品)、空間除菌剤(3事業者3商品)も含まれる。

同庁のリリースはこう述べている。

新型コロナウイルスに対する予防効果を標ぼうするウイルス予防商品については、現段階においては客観性及び合理性を欠くものであると考えられ、一般消費者の商品選択に著しく誤認を与えるものとして、景品表示法(優良誤認表示)及び健康増進法(食品の虚偽・誇大表示)の規定に違反するおそれが高いものと考えられます。

発表では、具体的な業者名、商品名は明らかにされていない。

デマや陰謀論との関連は不明だが、このような根拠のない「ウイルス予防商品」もまた、それらの脅威と地続きの身近な問題だ。

(※2020年3月11日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

桜美林大学教授 ジャーナリスト

桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPTvs.人類』(6/20、文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)

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