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競馬ブーム再燃! かつて4大少年誌すべてに競馬マンガが掲載される時代があった

加山竜司漫画ジャーナリスト
感染防止のため入場制限のもと開催された2021年のジャパンC(筆者撮影)

売得金3兆円を突破した「令和の競馬ブーム」

2021年12月28日、JRAは2021年度の中央競馬の売得金を発表した。

売得金は3兆911億1202万5800円(前年比3.6%増)で、10年連続のアップとなった。2003年を最後に3兆円を下回っていたが、18年ぶりに3兆円の大台を突破したことになる。

新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、一時は競馬場や場外馬券売り場(ウインズ)を閉鎖せざるを得なかったが、「巣ごもり需要」が大きく影響を及ぼしたようだ。

オグリキャップ、スーパークリーク、イナリワンの「平成3強対決」で盛り上がった1990年(3兆984億5725万9500円)に迫る売り上げを記録しており、もはや競馬ブームが再燃したと言ってもいい状況にある。

競馬ブーム絶頂期の少年マンガ誌

1980年代後半からの「第二次競馬ブーム」は、オグリキャップらのアイドルホースが牽引し、競走馬育成SLG『ダービースタリオン』シリーズをはじめとする競馬ゲームがヒットしたことで若年層のファンが拡大。ブームはロングテール化した。売得金のピークは1997年で、実に4兆6億6166万3100円を売り上げている。

この競馬ブームの過熱ぶりを示すひとつの指針がある。

それがマンガ誌だ。

少年マンガ誌の主要読者層である少年(5~14歳)は、当然のことながら、勝馬投票券を買うことはできない。にもかかわらず、「第二次競馬ブーム」の末期には「週刊少年マガジン」(講談社)、「週刊少年サンデー」(小学館)、「週刊少年ジャンプ」(集英社)、「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)の、いわゆる4大週刊少年誌すべてに競馬マンガが連載されていたのである。

独自の調査データを基に筆者作成
独自の調査データを基に筆者作成

『蒼き神話マルス』連載開始(1996年10月)から『みどりのマキバオー』連載終了(1998年2月)までの1年4カ月が、少年マンガ誌における「競馬ブーム」の中央値といえるだろう。ちょうどJRAの売得金のピークとも合致する。

4誌合計の発行部数が1000万部を超えていた時代であることもあわせて考えると、これらのマンガが競馬ファン層の拡大に大きく寄与したことは間違いない。

とくに「週刊少年マガジン」の競馬熱は高く、1996年24号(5月29日)にはカラーグラビア11Pを使った「武豊騎手全記録 天才プレーの秘密大公開」という特集を組んでいる。

「週刊少年マガジン」(講談社)1996年24号の書影(筆者撮影)
「週刊少年マガジン」(講談社)1996年24号の書影(筆者撮影)

また、『蒼き神話マルス』の連載がはじまる43号(10月9日)にはGⅠホースのサラブレッドカードを付録としてつけ、さらに46号(10月30日)と47号(11月6日)には「天才ジョッキーのドキュメント漫画」との惹句で『横山典弘物語』(神谷一郎)を前後編の2回にわけて掲載。まさに怒涛の「競馬推し」であった。

競馬ブームを彩った作品群

それでは「第二次競馬ブーム」のピーク時に4大誌で連載されていた作品を見ていこう。

『じゃじゃ馬グルーミン★UP!』

ゆうきまさみが『機動警察パトレイバー』の完結(1994年23号/5月25日)後に開始した、北海道の競走馬生産牧場を舞台とする作品。

東京の進学校に通う主人公が、北海道旅行の際にふとしたきっかけから生産牧場と面識を得て、やがて日本一の競走馬育成をめざすことになる。いわゆる「お仕事もの」の文脈で、競馬のオーナーブリーダーを題材としている。競走馬育成SLGが普及し、競走馬の生産がより身近になった時代ならではの競馬マンガといえる。

作者のゆうきまさみは、「月刊ニュータイプ」(角川書店/現KADOKAWA)の創刊号(1985年4月号)からエッセイコラム「はてしない物語」で身辺雑記を記録しているが、『パトレイバー』終了の前後には、パソコンで競走馬育成SLGを楽しんだり牧場を取材したりする様子や、タニノムーティエやトウカイテイオーの思い出などが描かれており、『じゃじゃ馬グルーミン★UP!』の連載準備を進めている様子がうかがえる。

『みどりのマキバオー』

1996年3月から1997年7月にかけて、フジテレビ系列でアニメ化もされた人気作。

競走馬ミドリマキバオーがネズミのチュウ兵衛、飯富昌虎調教師、山本菅助騎手らと出会い、カスケードらのライバルたちとしのぎを削りながら競走馬の頂点を目指す。通常、競馬を題材にする作品の場合、主人公は騎手や調教師など、人間であることが多い。しかし本作の主人公は馬である。競走馬(主人公)に感情移入させることで、読者は主人公目線で「競馬という競技」をとらえることができ、オーセンティックな「スポ根もの」の文脈で物語を描いた。

なお、マキバオーは現在でも公営競技総合サービスサイト「オッズパーク」のイメージキャラクターに起用されている。

『優駿の門』

地方競馬所属の天才騎手が主人公。アルフィーやボムクレイジーといった愛馬を駆り、中央競馬のGⅠ制覇に挑む。

連載が始まった1995年は、中央競馬と地方競馬の「交流元年」と呼ばれる年。中央のGⅠ競走すべてが指定交流競走に設定され、トライアルレースで優先出走権を獲得した地方所属馬が、地方所属のまま中央のGⅠに出走できるようになった。こうした制度変更があり、「地方から中央に殴り込む」という本作の物語構造が成立した。

なお、主人公の愛馬がサンデーサイレンス産駒(1995年クラシック世代が初年度産駒)だったり、ライバル馬ブルーエンブレムの血統が1994年に古馬最強だったビワハヤヒデ(父シャルード、母パシフィカス)と同じだったり、人気馬がレース中に予後不良(1995年の宝塚記念でのライスシャワー)になったりと、当時の競馬界のトピックが作品に反映されている。

『蒼き神話マルス』

同作者による『風のシルフィード』(1989~1993)の続編。主人公・凪野馬守は、両親の情熱が注がれた競走馬マルスに騎乗するために騎手の道を志す。

競馬マンガとしての“リアリティ”よりも、スポ根マンガの“熱さ”を重視した作品。血統が受け継がれていくという、競馬の「ブラッドスポーツ」の側面にも大きくフォーカスしている点にも注目したい。

再び少年誌で競馬マンガは始まるか?

少年マンガ誌は古くから読者アンケートを実施している。それが作品にダイレクトに反映されるわけではないが、編集部は少なからず「読者の声」を誌面づくりの参考にするもので、時代のニーズに敏感だ。そのため、マンガ誌には世相が反映されているとも言える。

現在、「週刊ヤングジャンプ」(集英社)にて『ウマ娘 シンデレラグレイ』(漫画:久住太陽、脚本:杉浦理史、漫画企画構成:伊藤隼之介、原作:Cygames)が連載中。

最新5巻(2021年12月17日刊)のオビには200万部突破(紙と電子の累計)と記されており、多くの読者に支持されていることがわかる。

2022年春には、競馬学校で騎手を目指す少年たちを題材とするオリジナルTVアニメ『群青のファンファーレ』の放送が予定されている。

2022年1月現在、少年誌に連載している競馬マンガは存在しない。

とはいえ、ゲーム『ウマ娘 プリティーダービー』(Cygames)、TVアニメと、競馬を題材としたコンテンツは徐々に増えてきている世相を鑑みると、少年誌に再び競馬マンガが登場する日も近いように思える。2022年、新しい競馬マンガのはじまりに期待したい。

漫画ジャーナリスト

1976年生まれ。フリーライターとして、漫画をはじめとするエンターテインメント系の記事を多数執筆。「このマンガがすごい!」(宝島社)のオトコ編など、漫画家へのインタビューを数多く担当。『「この世界の片隅に」こうの史代 片渕須直 対談集 さらにいくつもの映画のこと』(文藝春秋)執筆・編集。後藤邑子著『私は元気です 病める時も健やかなる時も腐る時もイキる時も泣いた時も病める時も。』(文藝春秋)構成。 シナリオライターとして『RANBU 三国志乱舞』(スクウェア・エニックス)ゲームシナリオおよび登場武将の設定担当。

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