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追悼・高畑勲監督 代表作「ハイジ」がもたらしたスイスへの“架け橋”

河嶌太郎ジャーナリスト(アニメ聖地巡礼・地方創生・エンタメ)
スイスの高原を走るユングフラウ鉄道。ハイジが日本語アナウンスを務める(写真:ロイター/アフロ)

「アルプスの少女ハイジ」「火垂るの墓」などを手がけたアニメ界の巨匠、高畑勲監督の訃報から約1ヶ月が経った。5月15日にはジブリ「お別れの会」が都内で開かれる予定のほか、5月2日から3日にかけ、CS放送チャンネルのファミリー劇場で、「アルプスの少女ハイジ」が一挙放送される。1ヶ月以上にわたって悼まれるあたり、その存在の大きさが偲ばれる。

「アルプスの少女ハイジ」は、スイスの女性作家、ヨハンナ・シュペリによる同名の児童文学を1974年にアニメ化したもので、スイスの高原を舞台にしている。製作にあたりロケーション・ハンティングを約1年間にわたって実施したといい、緻密な描写で多くの視聴者を感動に湧かせた。製作スタッフには故・高畑勲監督のほか、「風の谷のナウシカ」「もののけ姫」など不朽の名作の数々を世に送り出す宮崎駿、任天堂の世界的キャラクター「マリオ」のキャラクターデザインを完成させた小田部羊一に加え、のちにガンダム生みの親で、アニメツーリズム協会会長を務める富野由悠季などの大御所が名前を連ねる。国内では最高視聴率25%をこえる大ヒットとなり、スペインやドイツをはじめとする海外でも高い人気を得た。

 この「アルプスの少女ハイジ」、実は「聖地巡礼」のはしりとも言える作品でもある。「ハイジ」を見て育ち、学生時代の80年代半ばに舞台となったスイスのマイエンフェルトを旅したという50代男性はこう振り返る。

「私が行った1985年ごろは、マイエンフェルトに行ってもどこが舞台となった場所なのかわからず、現地の人に聞いても『ハイジ』という作品自体をよく知らないような感じでした。結局、自分の足で歩き回ってそれらしい景色を探し求めることになったのですけど、日本人だけはやたらといたのを覚えています(笑)。地元の人も、なんで観光地でもなんでもなかったところに日本人がこんなにいるのかと不思議がっていましたね」

 「ハイジ」の放送後、地元スイスでは全くといって注目されていなかったマイエンフェルトだが、今では原作のハイジを描いた看板が設置されているほか、「ハイジ」にまつわる博物館「ハイジハウス」や、ハイジのおじいさんの住む家のモデルを観光地化した「ハイジヒュッテ」などの施設が整備され、まさしく「ハイジ」の「聖地」の様相を呈している。観光客も今では日本人だけでなく、世界中の「ハイジ」ファンが訪れるという。

 スイス国内では、他にも「ハイジ」を観光利用をしているところがある。ヨーロッパで最も高いユングフラウヨッホ駅(標高3454メートル)を結ぶユングフラウ鉄道では、2012年の開通100周年を機に、車内アナウンスにハイジの声優による日本語案内放送を始めている。元々世界的な観光列車で知られるこの路線では、英語やフランス語、ドイツ語やスペイン語、中国語などによる車内放送があるのだが、日本語以外の言語ではいたってオーソドックスな車内アナウンスが流れる。そんな中、日本語だけ声優による特色あるアナウンスが流れるのは面白い。こうしたおもてなしを異国の地で受け、日本人で良かった、と思った人もいたかもしれない。

 実はこうした現象は、日本の北海道の状況に似ている。中国では2008年に放送された、北海道を舞台にしたドラマ「狙った恋の落とし方。」の大ヒットにより、道東地域を中心に今もなお多くの中国人観光客が押し寄せている。国境を越えて、観光地化を外部から促す力がアニメやドラマにはあるのだ。こうした作品を通じて国境を越えた交流ができるのも「聖地巡礼」の持つ力だろう。

 こうして考えると、高畑勲監督が日本とスイスに架けた橋は大きい。国境を越えた観光客が急増するこの時代の中で、改めてその功績を讃え、心から哀悼の意を表します。

ジャーナリスト(アニメ聖地巡礼・地方創生・エンタメ)

1984年生まれ。千葉県市川市出身。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。「聖地巡礼」と呼ばれる、アニメなどメディアコンテンツを用いた地域振興事例の研究に携わる。近年は「withnews」「AERA dot.」「週刊朝日」「ITmedia」「特選街Web」「乗りものニュース」「アニメ!アニメ!」などウェブ・雑誌で執筆。共著に「コンテンツツーリズム研究」(福村出版)など。コンテンツビジネスから地域振興、アニメ・ゲームなどのポップカルチャー、IT、鉄道など幅広いテーマを扱う。

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