解説:子ども・被災者支援法をめぐる裁判は何を訴えているのか

8月22日,子ども・被災者支援法の早期具体化を求める裁判を,東京地方裁判所にて提起します。

毎日新聞,朝日新聞によってすでに先打ち報道がなされています(両紙とも20日付朝刊の一面トップ記事でした)。

毎日)被災者支援法:放置は違法 福島住民ら提訴へ

毎日)被災者支援法:先送り提訴 「この法こそ救い」信じたのに

朝日)原発被災者、国を提訴へ 支援法1年「具体策なく違法」

朝日)「黙っていられない」 原発自主避難、窮状訴え 被災者、国を提訴へ

原告は16世帯19名。福島県内の方はもとより,県外への避難者や,宮城県丸森町,栃木県那須塩原市といった福島県外の方々,そうした地域からの避難者の方々も含まれます。

私はこの訴訟の弁護団を構成する「福島の子どもたちを守る法律家ネットワーク(略称SAFLAN)」の共同代表を務めており,弁護団の一員でもあります。

原発被災者の方々はなぜ今回の提訴に及んだのか,その背景について,本件に関わっている立場から若干の解説を試みたいと思います。

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今回の訴訟のテーマとなっている「原発事故子ども・被災者支援法」は昨年6月の国会で成立しました。よく誤解されるようですが,民主党政権が作った法律ではありません。当時の全参議院議員が党派を問わず(自民党から共産党まで)共同で提案に加わり,全会一致で成立を見た,いわゆる超党派の議員立法です。当時の野田首相も,現在の安倍首相も,この法律に賛成し,その責任においてこの法律は成立しました。

原発事故子ども・被災者支援法(条文)

この法律に多くの特徴がありますが,ここでは割愛します。

詳しくはこちら(ラジオ番組「未来授業」での支援法解説)

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重要なのはこの法律が,

放射性物質による放射線が人の健康に及ぼす危険について科学的に十分に解明されていない(第1条)

という認識に立った上で,

支援対象地域における居住、他の地域への移動及び移動前の地域への帰還についての選択を自らの意思によって行うことができるよう、被災者がそのいずれを選択した場合であっても適切に支援する(第2条第2項)

と定めている点です。

放射線被曝という新しい種類の危機を前にしたときに,安全とも,危険とも言い切れない「グレーゾーン」が存在する。そのことを国家が正面から認め,一人ひとりの自己決定を擁護しようとするこの法律の基本理念は,それぞれの選択した「被曝を避ける権利」を認めたものとして評価できます。

国連人権理事会の特別報告者として福島や日本各地で詳細な調査を重ねたアナンド・グローバー氏も,この法律を肯定的に人権理事会に報告しました。

グローバー報告書の国際人権NGOヒューマンライツ・ナウによる日本語訳

こうした自己決定権を基軸に置く考え方は,現に原発事故の被災地で生じている深刻な分断と対立の構図(被曝への対応を巡って被害者同士が分断され,対立させられている状況)を乗り越えていくための,一つの方法論を提示したところにも,大きな意味があると私は考えています。

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ところが,この法律が,成立から1年以上経つ現在も,全く動かないのです。

担当省庁である復興庁は,つい先日私たちが指摘するまで,ウェブサイトの所管法令欄にこの法律のことを記載していませんでした。

ツイッター暴言問題でその職を解かれた復興庁の水野参事官は,今年の3月8日に「懸案が一つ解決。白黒つけずに曖昧なままにしておくことに関係者が同意」と書き込んでいましたが,これはまさに子ども・被災者支援法の実施を先送りすることを指していました。

毎日)復興庁:被災者支援 先送り密議 暴言ツイート裏付け

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国会のすべての議員が賛成して成立した法律が,なぜ実施されないのか。

不思議に思われる方もおられるでしょう。

私たちは中学校の公民の授業の際に,こう学習したはずです。

国民の代表である国会議員が国会で法律を作る 〔立法権〕

国会で作られた法律に基づき政府が政策を実施する 〔行政権〕

争い事があれば裁判所が法に基づいて解決する 〔司法権〕

これら三権の相互抑制の仕組み,それが三権分立であったはずです。

立法府が全会一致で作った法律を行政府が無視するという現状は,きわめて異例です。

なぜこのような異例な事態に至っているのか。

それはこの法律の「議員立法」という成り立ちにも関わります。

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法律は立法府が作るもの,確かに最終的にはそうなのですが,実際にはこの国の法律の大部分は,行政府がその下ごしらえをしています。

関係者への調整,予算の段取り,実施段階の準備,組織的な手当て。

そういったものを念入りに準備した上で,行政府の代表である内閣が,「内閣提出法案」として法律を国会に提出するのが殆どです。

こうした現状は,入念な準備や関係者との調整が可能となるというメリットもありますが,一方で立法府の領域への行政府の浸食と肥大化という危うさを内包しています。

子ども・被災者支援法は,ときの政権の意思に反し,超党派の心ある議員の方々の熱意によって成立しました。当時の政治情勢を振り返れば,消費税関連法案の成立を至上命題とする野田政権に対して,与野党の超党派議員が粘り強く折衝を続けることで,タイミングを捉えて成立した法律であることが分かります。

そのような成り立ちの法律ですから,当然,行政各部への事前の入念な根回しなど行われていません。予算確保のための壁となる,財務省の了解も得られていませんでした。

こうした背景事情は,子ども・被災者支援法の具体化が遅れている実務的な事情の一つとして語られるべきであろうと思います。

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しかし,議員立法だから行政府がそれを無視する,そんなことで良いのでしょうか。

行政府が段取りをして法律を作ることを否定しようとは思いません。多くの優秀な行政官のみなさんが,そうした枠組みの中で素晴らしい仕事をされていることを私はよく知っています。

しかし,立法府が,立法府だけの意思で,法律を作った。それがそのこと自体によって行政府により無視され,サボタージュされてしまう結果に繋がるのだとしたら,それはやはり行政府の越権行為,立法府軽視の領域に踏み込んでいると言わざるを得ないのではないでしょうか。

国民(主権者)の代表である国会議員の総意を踏みにじるということは,国民(主権者)である私たち自身が軽視され,踏みにじられていることを意味します。

この訴訟は,直接的には,子ども・被災者支援法の基本方針の早期策定を求めるわけですが,同時にそのことは,「この国の主権者は誰なのか」という問題提起にもつながるものではないかと私は考えています。

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訴訟の中身に触れておきます。

この訴訟は,3つの筋(請求の趣旨)で構成されます。

(1)政府が支援法に基づく基本方針を定めないことが違法であることを確認する。〔違法確認〕

(2)各原告が支援法に基づく各支援策を受ける地位にあることを確認する。〔地位確認〕

(3)国は原告らに対しそれぞれ1円を支払え。〔国賠請求〕

このうち(1)と(2)は公法上の確認の訴えと呼ばれる行政訴訟です。

(3)の国賠請求は,あえて請求金額を「1円」にしています。

これは,「お金の問題ではない」ということを端的に示す象徴的な請求金額です。

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原発被災者の方々の置かれている状況は一様ではありません。

その悩みは個別化の度を深めており,その多くは深刻化しています。

もとより,私の接している被災者の方々もそのごく一部であり,全体を語ることはできません。

しかし,匿名での電話相談を24時間受け付ける「よりそいホットライン」などの相談ダイヤルに寄せられる声の中では,専門家などに相談する機会も気力もない多くの方が,悩みを吐き出す先もないままに暗い闇の中に沈んでいるとも言われています。

この二年間,断片的ながらも,原発被災者(被害者)の方々の支援活動に関わってきました。

そしていま,感じることは,『原因』と『現象』,その両方からの支援のアプローチが必要なのではないかということです。

これまで,原発事故という『原因』に発した各人の苦境は,「原発被災」としてのみ語られてきました。

しかし,個別に丁寧に見ていくと,そこで起きていることは,たとえば「貧困」,たとえば「自死・自殺」,たとえば「DV・児童虐待」,例えば「孤独・孤立」という個別の『現象』であり,これは従来から語られてきた社会問題そのものでもあります。

原発被災者の方々が直面しているこうした『現象』を放置することなく,既存の社会的支援の枠組みや社会資源と適切に接続し,社会が総体として原発被災者の方々を支える仕組みの構築が急務と言えます。

一方で,『現象』に対していくためには,その原因である原発被災と,そのもたらした分断と対立の構図を避けて通ることはできません。

その意味でこそ,分断と対立の構図を乗り越えていく契機としての子ども・被災者支援法の正面からの実施を求める今回の訴訟が,意味付けられるのではないでしょうか。

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なお,原発事故子ども・被災者支援法の現状については,9月号の「世界」にて,

「被曝を避ける権利」はなぜ具体化しないのか──たなざらしにされる「原発事故子ども・被災者支援法」

とのタイトルで,福田健治弁護士と共同で寄稿しておりますので,ご関心のある向きはぜひ,ご参照ください。