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「異世界転生者殺し」連載中止の意味 パロディーの許容範囲は

河村鳴紘サブカル専門ライター
「異世界転生者殺し」の連載中止を発表した「月刊ドラゴンエイジ」のホームページ

 KADOKAWAのマンガ誌「月刊ドラゴンエイジ」7月号(6月9日発売)でスタートしたばかりの「異世界転生者殺し-チートスレイヤー-」(作画:山口アキさん、原作:河本ほむらさん)の連載中止が発表されました。過激な設定や描写などもあってネットで問題視されていて、異例の1話掲載で幕を下ろしました。経緯を振り返り、マンガのプロである出版関係者らにも聞きました。

◇パロキャラの性格別もの 過激描写も

 「異世界転生者殺し」は、「ソードアート・オンライン」や「Re:ゼロから始める異世界生活」「オーバーロード」などを想起させるキャラクター「転生者」たちが登場。尊敬する「転生者」たちに故郷の村を焼き払われた主人公は、謎の魔女に協力して「転生者」たちに復讐を誓う……という内容でした。

 パロディーとは、広く知られている作品の特徴をとらえて、面白おかしく作り替えることで、マンガに限らず多用される手法ですね。「異世界転生者殺し」は、見覚えのあるキャラがずらりと並ぶシーンがありました。そして第1話掲載直後からネットをざわつかせました。指摘されたポイントを三つにまとめてみました。

・「なろう」系を中心に、ネットユーザーに人気のある作品のキャラ「転生者」をずらりと出演させ、悪役に仕立てた。

・「転生者」を殺していくであろうタイトル名で、人気作品をおとしめているように見える。

・原作者が「賭ケグルイ」を手掛けた人気作家。新人ではないのに、なぜ炎上しそうなリスクを取ったのか。

 「転生者」は、モデルになったキャラとそっくりですが、性格は違っていて「最低」という言葉がぴったり。第1話を実際に読みましたが、目をそむけたくなるような……ここでは具体的に書くのがはばかられる……一部の人たちが嫌悪するであろう過激な描写もありました。一方で、圧倒的な力をもつ「転生者」にどう対抗するか、「賭ケグルイ」を思わせる頭脳戦的な要素もありました。

 そして28日に「連載中止」が発表されたわけです。

◇スキのない謝罪発表

 「連載中止」の理由は、以下の通りです。

当該作品につきましては、他作品の特定のキャラクターを想起させるような登場人物を悪役として描いていることについて、読者の皆様より多数のご指摘を賜りました。

ご指摘を受け、編集部としてあらためて検証いたしましたところ、キャラクターの意匠、設定等が他作品との類似性をもって表現されていること、特定の作品を貶める意図があると認められるだけの行き過ぎた展開、描写があること、またそれらに対する反響への予見と配慮を欠いていたことなど、編集部での掲載判断に問題があることを認識し、連載中止の決定に至りました。

『異世界転生者殺し-チートスレイヤー-』連載中止のお知らせ

 「連載中止」の発表ですが、ホームページの分かりやすい位置に掲出し、企業の謝罪発表としては、具体的な例を挙げながら全面的に非を認めており、スキがありません。しかし、編集部が一度は「問題なし」と判断してゴーサインを出した経緯は不明です。

 雑誌を見る限り、「異世界転生者殺し」が同誌の「期待の一作」だったのは明らかです。原作者は人気作家で、前号の次回予告で大きく取り上げ、第1話を掲載した7月号は巻頭カラー、かつ最初のページに「巨弾新連載開幕!」とあります。「全ての異世界転生者を屠(ほふ)る!? 憎と欲に塗れた復讐譚、開幕――!!」という文句も。要するに「他作品との類似性」や「行き過ぎた展開」は想定していたはずで、「連載中止」の説明と整合性が取れないように思えます。もちろん、公で言えないこともあるのでしょうが……。

◇出版関係者から出る厳しい意見

 今回の件を受けて、編集者を含めた出版関係者に話を聞くと「作品を熟知した上でのリスペクトに欠ける」という意見が大勢を占めました。

 一つは作品の姿勢への疑問です。「流石におとしめすぎた。パロディーは愛がないとダメ」や「パロディーは、あくまで作品のスパイスに留めるべき」「モデルとなった各作品のキャラは良い人ぞろいなのに、性格を悪人に変えたせいで、パロディー対象の全作品のファンが一気に牙をむいた」という指摘でした。

 もう一つは編集方針に対しての疑問です。「個人的には何でもありだが、批判に耐える覚悟がないなら最初から掲載すべきではなかった」や「本当にリスペクトしているなら、連載を続けるなど我(が)を通せるはず。それがないから、打ち切らざるを得なかったのでは」という見立てです。

 そもそもパロディーネタは、大手出版社の編集部でもヒヤヒヤするそうです。厳しいものは「見直し」を打診するなど、配慮をします。パロディーの線引きは難しく、許容範囲は作品ごとに異なるから苦労するのです。裏返せば、表現方法一つ、演出方法を変えるだけ作品へのリスペクトが見えることもあり、今回のような炎上とは違う展開もありえた……という意見もありました。他のマンガでも、パロディーは普通で、実際に人気作品をモデルにしたキャラが、主人公と対決する悪役として登場するケースはあります。

 出版業界はパロディーなどに寛大な面があり、今回の件でも著作権者から表立って訴えられたような様子はありません。ファンからの反発があったにしても、このまま様子見をすることもできたはずなのに、早々に見切った理由が気になります。

 KADOKAWA広報部に問い合わせると「発表の通りで謝罪したい」とのことでしたが、発表以上の詳細は不明でした。ただしKADOKAWAも他社と同じく、ネットの動向を精査・分析をしており、今回も「そうしている」とのことでした。巨大グループの一事業部(編集部)が、炎上覚悟で勝負を挑み、1話公開後のネットの反応を見て「非を認めての謝罪、早期撤退が妥当」と総合的に判断したわけです。

 ですが1話の「打ち切り」でよりダメージを受けるのは、「失敗の色」が付くクリエーター側です。優れたクリエーターであるほど、常識では考えられないことを思いついたりするわけで、時には踏み外すこともあるでしょう。そのため「最初の読者」として編集が付いているのだから、編集部で連載開始前に止めて欲しかったと思うのです。私が話を聞いた出版関係者が、全員そろって「ダメ出し」をしたのですから……。

サブカル専門ライター

ゲームやアニメ、マンガなどのサブカルを中心に約20年メディアで取材。兜倶楽部の決算会見に出席し、各イベントにも足を運び、クリエーターや経営者へのインタビューをこなしつつ、中古ゲーム訴訟や残虐ゲーム問題、果ては企業倒産なども……。2019年6月からフリー、ヤフーオーサーとして活動。2020年5月にヤフーニュース個人の記事を顕彰するMVAを受賞。マンガ大賞選考員。不定期でラジオ出演も。

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