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「鬼滅の刃」 アニメ映画の興収400億円突破の意味

河村鳴紘サブカル専門ライター
劇場版「鬼滅の刃」 無限列車編公式サイトにある煉獄杏寿郎のカット

 「鬼滅の刃」のアニメ映画「無限列車編」の興行収入(興収)が400億円を突破したことが5月24日、発表されました。普段アニメを扱うメディアだけでなく、大手メディアも大きく取り上げました。400億円突破の意味について考えてみます。

◇プロも予想しなかった偉業

 「鬼滅の刃」は、「週刊少年ジャンプ」(集英社)で昨年5月まで約4年間連載されたマンガが原作。人食い鬼を倒す「鬼殺隊(きさつたい)」になった竈門炭治郎(かまど・たんじろう)が、鬼になった妹を人に戻そうと戦う和風ダークファンタジーです。コミックスの累計発行部数は1億5000万部超を誇ります。

 アニメ映画「無限列車編」は、炭治郎が鬼殺隊の最強の一人・煉獄杏寿郎(れんごく・きょうじゅろう)と共に行方不明者が出る列車に乗り込み、強敵と戦います。

 映画の興収は10億円でも「ヒット」と胸を張れるぐらいです。深夜放送アニメの続編映画が、史上最高興収を記録した上に、前人未踏の大台(400億円)に達したことは、今振り返っても驚きでしかありません。

 ヒットの理由に「アニメの出来が良い」「声優の演技が良い」という声もあり、その要素もあるのでしょうが、それは「鬼滅の刃」以外のアニメ作品でもありますし、あまりにも圧倒的すぎる数字で、納得のいく説明とはいえません。新型コロナウイルスの感染拡大でライバル作品が少ない事情があり、スクリーン数を多く確保できた……という「運の良さ」があったにしても、あまりにもすごすぎるわけです。

 「鬼滅の刃」が、どうして多くの人の心をつかんだのか……。公開前はおろか、公開初週の数字の発表があってもなお、プロ(アニメ業界の関係者)の多くが懐疑的だったように、まさに誰もが予想しなかった偉業でした。

◇ジブリを凌駕するスーパーコンテンツに

 興収400億円突破の意味ですが、それ自体に意味はありません。400億円で盛り上がったのは、身もふたもなく言えば「報道しやすい、数字のキリが良いから」です。

 そもそも「千と千尋の神隠し」(約317億円)を抜いてトップに立った時点で、既に揺るがぬ評価を得ています。仮に380億円ぐらいで止まっていたとしても、「400億円は行かなかった」というマイナス評価はありえず、その価値は全く色あせません。興収の多寡で作品の価値が決まるわけではありませんが、全く無視できるものでもありません。

 そして、テレビや大手新聞社が400億円突破のニュースを扱ったことは、今後大きな意味を持ちます。メディアは、一度“認定”した作品は、続報を追いかける性質があります。……ということは、テレビ放送、さらに次の映画があれば、取り上げることになるでしょう。他のアニメには興味が薄いメディアでも、「鬼滅の刃は、興収ナンバーワン。ジブリ作品を凌駕したスーパーコンテンツ」という一つの指標(興収)が出たわけで、そこには重みがあるのです。取り上げるべき理由があるのは「強み」です。

 テレビの持つ影響力は、以前に比べて低下傾向にありますが、依然として圧倒的なのも確かです。そして、アニプレックスが宣伝をしなくても、おそらく次からは多くのメディアが積極的に取り上げてくれるわけです。多くの作品は露出不足で苦しむわけで、プロモーションとして、これほど助かることはありません。

◇深夜アニメ発の映画にも可能性

 「鬼滅の刃」の大ヒットは、ジブリ作品や「ドラえもん」「名探偵コナン」などの一般向けアニメより下に見られていた深夜アニメの映画に、大きな可能性があることを証明しました。野心のあるクリエーターであれば「俺の作品にも可能性はある」と考え、モチベーションが上がらないはずはありません。新風を吹き込んだとも言えます。

 さらに興収アップを狙うアニメ映画は、一般層を取り込むための話題作りを兼ねて、キャラクターの声に俳優を起用するのが常態化していました。ですが「鬼滅の刃」は、俳優を起用せずに声優陣で固めても、興収が出せることを証明しました。

 そうなれば、アニメ映画で俳優のキャスティングに懐疑的な作り手であれば、「俳優はいらない。声優だけで固めよう」となるかもしれません。キャスティングは、より自由になるかもしれませんね。

◇海外の興収どこまで伸びるか

 「鬼滅の刃」の国内興収は、さすがにこれ以上は大きく伸びないでしょう。そう考えると、海外の興収がどこまで伸びるかです。5月下旬時点で、日本の興収は400億円ですが、海外だけでも既に117億円あります。内訳は北米(約48億円)、台湾・香港(約29億円)、韓国(約19億円)ですね。

 なお「あつまれ どうぶつの森」や「モンスターハンター:ワールド」などテレビゲームの世界的ヒット作は、およそ7割ぐらいは海外(日本国外)で売れています。ジャンルが違うし、並べて論じるのは乱暴なのは承知で言えば、海外に大きな可能性が眠っているのですね。ゲームも最初から海外で売れたわけではなく、地道に力を入れて市場を拡大しました。アニメとゲームは親和性が高いと言われていますし、ネット配信ビジネスも整いつつあります。

 「鬼滅の刃」は、マンガ連載は終わったものの、アニメは今後も続編が制作されるわけで、「無限列車編」のヒットを利用して、“土壌”を広げておくのは重要です。

 今年放送予定のテレビアニメ「遊郭編」ですが、配信方法、地域も含めてテレビ以外での展開をどうするかです。「鬼滅の刃」を世界に広げた以上、「日本先行・海外後発」というのは、惜しい気もするのです。世界同時期配信をすれば、制作側に負担はかかるものの、海賊版対策にもなりますし、ビジネスチャンスはさらに拡大するでしょう。配信が延期されたスマホゲーム「血風剣戟ロワイアル」もどうなるか……当たれば巨額の収益になることは間違いありません。

 余談ですが、6月16日に発売される「無限列車編」のブルーレイ・ディスクとDVDがどれだけ売れるのかも気になります。もちろんテレビアニメ「遊郭編」の盛り上がりぶりも注目したいところです。

サブカル専門ライター

ゲームやアニメ、マンガなどのサブカルを中心に約20年メディアで取材。兜倶楽部の決算会見に出席し、各イベントにも足を運び、クリエーターや経営者へのインタビューをこなしつつ、中古ゲーム訴訟や残虐ゲーム問題、果ては企業倒産なども……。2019年6月からフリー、ヤフーオーサーとして活動。2020年5月にヤフーニュース個人の記事を顕彰するMVAを受賞。マンガ大賞選考員。不定期でラジオ出演も。

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