6年前のサンデー廃刊危機 辞表覚悟の新人育成戦略成功 「フリーレン」のマンガ大賞で“証明”

「葬送のフリーレン」のイラスト=小学館提供

 「マンガ大賞2021」の大賞を受賞した「葬送のフリーレン」ですが、発表後に多くの記事が配信され、テレビでも特集されるなど多くの話題になりました。同作を生み出した二人の作者の才能と努力あってこそですが、同時に「週刊少年サンデー」(小学館)が2015年から取り組んだ新人育成戦略が実を結んだとも言えます。

◇新人マンガ家の育成は難易度高

 「葬送のフリーレン」は、山田鐘人さん原作・アベツカサさん作画のマンガで、昨年から連載が始まりました。「このマンガがすごい!2021」の第2位、第25回手塚治虫文化賞でもノミネートされていました。作品のすばらしさは多くの記事で語られている通りです。

 しかし、才能があればすべての花が開くか……といえばノーでしょう。優れた才能も的確なサポートがないと開かない花もあるでしょう。実際、ネットでマンガを出せる時代になっても、ヒット作の多くは商業誌から生まれることが多いのが現状です。それゆえ才能を開花させる「苗床」は重要といえます。

 マンガ編集者といえば、大物作家と出会い、サポートすることにだいご味を感じると思うかもしれません。しかし、エース格の編集者は、粗削りの才能を持つ新人・新鋭を発掘して、看板作家に育てることが求められます。新人は知名度もありませんし、それだけ育成の難度が高いとも言えます。

 それゆえ短期的に言えば、有名な人気マンガ家を移籍させて連載してもらう方が話題にになりますし、一定の人気は見込めます。ですが不思議なことに、新人・新鋭のマンガは、常識外の大ヒットを飛ばすのです。

◇2015年に出た異例の宣言文

 2015年8月、「週刊少年サンデー」に、生え抜き新人作家の育成を優先する編集方針に切り替える異例の宣言文がネットで話題になりました。

・週刊少年サンデー:新編集長就任で異例の宣言文 新人作家の育成優先へ(まんたんウェブ)

 サンデーの編集長に就任した市原武法さんは、掲載作の決定について「編集長である僕がただ一人で行います。僕の独断と偏見と美意識がすべてです」と言い切り、合わせて「今後の少年サンデーの運命の責任は僕一人が背負う覚悟の表明でもあります」と宣言しました。当時、市原さんに取材をさせていただきましたが、サンデーのブランドの復活という目標を掲げ、あえて宣言をすることで「退路を断った」というのは取材側からも感じました。

 そしてサンデーは公約通り、中堅・ベテランも起用しつつも、新人の育成を開始、遅れ気味だったネット展開にも力を入れます。そしてサンデーから「古見さんは、コミュ症です。」「あおざくら防衛大学校物語」「魔王城でおやすみ」などアニメ・ドラマ化もされる作品が誕生しました。

◇紙雑誌の部数減少もデジタル好調

 もちろん雑誌の部数を見ると厳しいものがあります。サンデーの発行部数(日本雑誌協会調べ)は2015年6月の約39万部から、現在(2020年10~12月)約21万部に落ち込んでいます。ただし、マンガアプリも乱立するなどネット配信への傾斜が強まり、業界的にデジタル関連は好調です。「鬼滅の刃」の大ヒットでも紙の連載誌(週刊少年ジャンプ)の部数が上向かなかったように、既に紙のマンガ誌はメディアの一つに過ぎないのが実態です。

 出版関係者に聞いても「確かに紙の雑誌部数が落ちてるのは喜べることではないが、そもそもマンガ誌の発行自体は赤字の収益構造。部数が減った分、別のメディアで見られていたら問題はない。だから紙の部数の減少だけを見て『ダメ』と判断するのは違和感を感じる」と話しています。

 小学館の決算は3期連続で増収です。2020年2月期の決算は、売上高が約977億円で3年連続の増収。経常利益は約56億円でした。

・小学館決算、3期連続で増収(新文化オンライン)

僕の改革はもともと8年計画だったんです。僕の8年計画の中でできることっていうのは、強い強い成長軌道に入るための礎を築くこと。数字だけで言えばサンデーは5年前から500パーセントくらい業績が跳ね上がっていて、右肩上がりで順調に復活はしているんです。

・週刊少年サンデー編集長・市原武法インタビュー(コミックナタリー)

 そもそも紙のマンガ誌単体では赤字でして、コミックスで回収するビジネスモデルです。部数が多少増えたところで赤字になるのは変わりません。時代の流れも考えると、出版社は各ブランドを重視し、紙にこだわらない方向に既にシフトしています。

◇サンデー編集長の辞表 自宅の引き出しに

 「葬送のフリーレン」のマンガ大賞の受賞を知ったときの心境について、市原さんに尋ねてみました。市原さんは、「葬送のフリーレン」担当編集の小倉功雅さんから電話で報告を受けると二つの感情が湧き出したそうです。

 一つは、これまで苦労を重ねた作者の山田さんとアベさん、小倉さんの3人への祝福の気持ちです。もう一つは電話の後、自宅の仕事部屋で深夜に一人になって「やっとここまできた」という思いです。市原さんは「子供の小学校入学式を迎えた父親みたいな気分でしょうか。まだまだ道のりは険しく長い。でも、何とか6年でここまでたどり着いた」と心中を明かしてくれました。

 市原さんは2015年の編集長就任時に、何人ものサンデーの主力作家から「今のままなら少年サンデーは確実に廃刊する。ここまでズタズタになって間に合うかはわからないけれど、ひとつだけ言えるのは、市原で失敗したらもう少年サンデーに打つ手はない。終わりだぞ」と言われたそうです。当時の業界関係者も似た視点で「サンデーがよくない。休刊もありうる」という分析・予測は私も聞くことがありました。市原さんは、編集長就任を受けた夜に、自宅で辞表を書いて引き出しに入れたそうで、今も辞表は自宅にもあるそうです。

 市原さんは「あれから6年。あの日僕に希望を託してくれた多くの偉大なマンガ家さんたちの期待に何とか今日まで応えることができたかなとは思っています。もちろんそれは『チームサンデー』全員の努力のおかげです」と振り返っています。

 今後について市原さんは「ただ復活への道のりはまだまだはるか先まで続きます」としたうえで「なぜならば新人作家さんの育成は平均10年はかかる『農業』だからです。新人作家育成は、洗面器に顔をつける我慢比べみたいな仕事です。苦しさで顔を上げたヤツから負けていくのです。今の『チームサンデー』はそんな世界を戦い抜く覚悟が出来てる戦闘集団だと信じています」と自信を見せています。

◇求められる次の新人育成

 「葬送のフリーレン」は既にコミックス4巻で累計200万部を発行しており、今後さらなるブレークをする確率が極めて高い作品であることに異論をはさむ人はいないでしょう。しかしサンデーに求められるのは、次の新人作家の育成です。市原さんがマンガ家の育成を『農業』に例えている通り、天候(運)次第では失敗もあり、時代背景にも左右されるのも確かでしょう。ですが、新人への“投資”がブランドの未来を決めるのも確かで、その歩みはずっと止めるわけにはいかないのです。当たり前の話ですが、新人がいるからこそ、中堅がいて、ベテランもいるのですから。

 高橋留美子さんやあだち充さんなどのようなキラ星の才能を送り出した「サンデー」ブランドのさらなる復活・躍進に期待したいと思います。