Yahoo!ニュース

「涼宮ハルヒ」の熱狂 原作ラノベの完成度 京アニ&「ハレ晴レユカイ」の踊りも

河村鳴紘サブカル専門ライター
最新作をアピールする「涼宮ハルヒ」の公式サイト

 累計発行部数が2000万部超のライトノベル「涼宮ハルヒ」シリーズの最新作「涼宮ハルヒの直観」(角川スニーカー文庫)が今年の11月25日に発売されると発表され、ファンの話題になっています。2003年に鳴り物入りで出たライトノベルが、2006年に京都アニメーション(京アニ)制作でテレビアニメ化されるや人気が爆発しました。当時の熱狂を振り返ります。

◇5年ぶりのスニーカー大賞受賞作

 同作は、谷川流(ながる)さん作、「灼眼のシャナ」などで知られる、いとうのいぢさんイラストのラノベです。風変わり女子高生の涼宮ハルヒと仲間たちが、さまざまな事象に巻き込まれる学園ものです。ハルヒに気に入られた少年・キョンの目線で物語は語られていく……いわゆる「エキセントリックな美少女の行動で、平凡な少年の日常が非日常になる」というもの。そして、当時のライトノベルの一つの“完成形”といえます。

 ハルヒは、入学早々「ただの人間には興味ありません。宇宙人、未来人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上」と宣言。当然クラスから浮きますが、全く気にせず、「SOS団」という部活を作り、クラスメートのキョン、無口な読書少女の長門有希、のんびり屋のコスプレ美少女・朝比奈みくる、クールな転校生の古泉一樹を引き込みます。そしてハルヒは無自覚なのですが、特別な力を持っており、周囲は数々のトラブルに次々と巻き込まれる……という内容になります。

 ネタバレを避けたいので回りくどい説明になって恐縮なのですが、「ただの人間には興味ありません~」というハルヒの発言は、ラノベ1巻を読んだ読者であれば、作品の方向性を過不足なく説明していることに気付きます。キャラごとに役割があるのはもちろん、物語のヒントも徐々に明かされ、練られた物語が展開するので巻を重ねるごとに先が気になります。読者の分身的存在である「キョン」の本名は明かされず、「禁則事項です」「にょろ」など、個性豊かなせりふのチョイスも巧みです。作家の筒井康隆さんが「優れたユーモアSFであり、純文学でもある」と絶賛するのも納得です。

 それもそのはずで、ライトノベルの新人賞「スニーカー大賞」で、5年ぶりの大賞受賞作でして、全選考委員から推されただけのことはあります。折り紙付きだけに、アニメ化前から売れていましたが、テレビアニメ化で人気が大爆発します。

◇京アニの手でアニメ化 「ハレ晴レユカイ」の踊りが話題に

 京アニが制作したアニメが放送されると、原作の持つストーリーの面白さはそのままに、アニメの出来も良く、キャラの魅力も際立って、たちまち人気になります。京アニのアニメ制作能力は説明不要と思いますが、当時は知らないアニメファンも多かったので、インパクトがあったのです。原作ラノベのパワーとアニメのパワーがガッチリかみ合ったのです。

 そして放送後の2007年にある現象が起きます。アニメのエンディング曲「ハレ晴レユカイ」で、ハルヒらがアイドルばりのダンスを披露するのですが、それをファンが真似てダンスを踊り、ネットの動画で配信することが流行しました。コスプレをして大勢で集まってダンスを踊るオフ会的な動きがあり、私も東京・秋葉原で楽しそうにハルヒダンスを踊る人々の姿を見たことがあります。現在、ネットでダンスなどをアップする「踊ってみた」は人気のジャンルですが、そのはしりのようなものでしょうか。

 なお新型コロナウイルスの外出自粛時に、ハルヒ役の声優・平野綾さんが「ハレ晴レユカイ」を踊る動画を公開して話題になりました。

 今では、アニメファンなら誰もが知る「京アニ」ですが、「涼宮ハルヒ」のヒットに続き、その後「らき☆すた」や「けいおん!」などもヒット。「京アニ」のブランドは、年を追うごとに確固たるものとなっていきます。

 アニメの人気を受けて、ライトノベルも売れに売れました。ファン層もジャンルも違うので一概に比較はできませんが、個人的には「鬼滅の刃」のヒット時に近いような熱量、雰囲気がありました。アニメファンであれば「ハルヒ」のことを口にし、特別扱いしていた感じです。

 だからこそ、ラノベが累計2000万部以上も売れたわけです。2011年に発売された新作のライトノベル「涼宮ハルヒの驚愕」(前後編セット)は、ラノベ市場の好調を背景に、「買い切り」にもかかわらず初版で51万3000部を売り、「ライトノベルの初版最高記録」を打ち立てました。しかも出版業界誌の「出版月報」では「(51万部を)ほぼ消化した模様だ」と書かれるぐらいなので、恐るべしです。

◇賛否両論の「エンドレスエイト」 “聖地巡礼”も

 そして今も語り草になっているのが、2009年に放送されたアニメの一部となる「エンドレスエイト」です。「エンドレスエイト」は、第5巻「涼宮ハルヒの暴走」の中のエピソードで、夏休みが繰り返しになることに気付いたSOS団のメンバーが、夏休みを終わらせるために悪戦苦闘する「ループもの」です。

 そしてアニメでは、ほぼ同じような内容が8話も連続で放送されたのです。放送時の衝撃はかなりのもので、ファンの間で賛否両論がありました。私も当時視聴していましたが、2話目を見終わって、驚きのあまり目が点になったのは確かです。この演出ですが、有料の劇場版アニメなら「金返せ」になるでしょうが、テレビアニメであれば無料であり、視聴者はループの絶望感を体感できるから「あり」かもしれない……と思いました。ただ、当時はかなり批判的な声が多かったのを覚えています。同じような内容を見せ続けられるのですから、怒りの理屈も理解はできました。

 いずれにしても、異色の試みだったのは確かです。今となっては、冷静に見ることができるためか「リアルタイムで見た人はうらやましい」という肯定的な声があるのも、興味深いところです。こうした予想外の展開こそが「涼宮ハルヒ」の魅力でもあります。

 なお人気を受けて、作品のモデルになったとされる兵庫県西宮市の喫茶店や学校などの場所をファンが訪れる“聖地巡礼”現象が起きました。同地は、作者・谷川さんの出身地で、“聖地巡礼”の地図も制作されるほど。新聞などのメディアでも取り上げられました。

 惜しいのは、なかなか続編がでないことでしょうか。「涼宮ハルヒ」の原作ライトノベルは完成度が高く、人気作ゆえの期待の大きさもあり、作者のプレッシャーは大変なのかもしれませんね。

 現在のラノベのトレンドは、オンラインゲーム的なファンタジー世界を舞台に、現代の知識を活用したり、変わった能力をフックに主人公が活躍する「異世界転生もの」です。そして、かつてラノベの王道だった「学園もの」は苦戦しています。だからこそ「涼宮ハルヒ」の新作が、今のファンにどう受け止められるのか注目です。

サブカル専門ライター

ゲームやアニメ、マンガなどのサブカルを中心に約20年メディアで取材。兜倶楽部の決算会見に出席し、各イベントにも足を運び、クリエーターや経営者へのインタビューをこなしつつ、中古ゲーム訴訟や残虐ゲーム問題、果ては企業倒産なども……。2019年6月からフリー、ヤフーオーサーとして活動。2020年5月にヤフーニュース個人の記事を顕彰するMVAを受賞。マンガ大賞選考員。不定期でラジオ出演も。

河村鳴紘の最近の記事