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「アドルフに告ぐ」「はだしのゲン」 戦争について考える四つのマンガ

河村鳴紘サブカル専門ライター
手塚治虫公式サイトの「アドルフに告ぐ」のページ

 8月15日の今日、終戦から75年を迎えました。戦争体験を語れる人も減っており、それは「時の流れ」でもあります。しかし戦争を知らない世代でも、戦争を題材にしたマンガを読み、考えることはできます。そこでタイプの違う四つの作品を紹介します。

◇「はだしのゲン」 体験赤裸々に

 原爆で焼け野原になった広島を舞台に、たくましく生きる少年の物語です。賛否両論があるようですが、作者・中沢啓治の体験を元にしているだけに、原爆シーンは、目をそむけたくなるリアリティーがあります。原爆体験者に聞いた話と合致し、生々しいのですね。「小学生に読ませていい?」と言われると、迷うところです。それでも、物事の分かる年齢になれば、読んで損はないでしょう。

 戦時下と終戦直後の異様な状況、戦争賛美から反戦という価値観の急反転、家族を失うつらさ……。世の矛盾が描かれ、モヤモヤする気分になることが多いでしょうが、「それでも人は立ち上がる」という、人間賛歌でもあります。

 30年前は学校の図書館にマンガを置くのはご法度的な時代でしたが、「はだしのゲン」は特別扱いで置かれていました。私の子供時代は、大勢の子が読むので“基礎教養”になっていた面もあり、作中のフレーズ(「あんちゃん」「進次」の掛け合いなど)は、子供たちの間でふざける時のネタになっていました。

 なお、同作は「週刊少年ジャンプ」で連載されていました。子供たちの人気が取れるタイプのマンガではないのですが、連載を決めた関係者の決断に驚かされます。

◇「夕凪の街 桜の国」 100ページで手に取りやすく

 戦争の悲惨さを訴えるマンガを読むのは、精神的に疲れる側面があります。その中で「夕凪の街 桜の国」は約100ページ(3部構成)で、マンガを読み慣れていない人でも手に取りやすく、中身もしっかり詰まっています。ただ、作者・こうの史代さんといえば、今では劇場版アニメ化で人気を博した「この世界の片隅に」の方が有名かもしれません。

 両作品とも戦争を題材にしていますが、「夕凪の街 桜の国」の題材は原爆、「この世界の片隅に」は空襲という、違いがあります。私が前者を推すのは、小さいころに亡き祖父から、原爆投下直後の広島の様子を聞かされていたところが大きいのかもしれません。

 「夕凪の街 桜の国」を読んで、マンガとしてのすごみを感じたのは、原爆投下の瞬間より、その後の時代を描き、時の流れを使っていることです。それによって、戦争の輪郭を際立たせ、かつ読後に前向きな気持ちにさせてくれる作品です。

◇「アドルフに告ぐ」 巨匠・手塚治虫の傑作

 巨匠・手塚治虫の描いた戦争マンガで、第二次世界大戦下で、親友同士だった2人のアドルフ、そしてアドルフ・ヒトラーという3人のアドルフの物語です。ヒトラーの出生に関する秘密文書を巡り、物語が展開します。親友だった2人のアドルフですが、同じ女性を愛したこと、さらにナチスのユダヤ排斥の方針もあり、2人はすれ違っていきます。

 戦争がなければ、2人のアドルフは反目することなく、親友だったのでは……と思えてしまい、切ない気持ちになります。また「盛者必衰」「諸行無常」といった仏教の考えを感じるのも特徴です。

 手塚作品には、ハードな展開のものもありますが、「アドルフに告ぐ」もその一つでしょう。子供たちが見るべきでない描写もあり、モヤモヤした読後もあるわけですが、考え抜かれた設定、引き込まれるストーリー展開もあり、手塚作品の傑作の一つといえます。

◇「ペリリュー」 コミカルな絵と内容のギャップ

 「ペリリュー 楽園のゲルニカ」は、太平洋戦争の末期、ペリリュー島(現パラオ)での日本軍と米軍の戦いを題材に、一人の兵士の視点から描かれた武田一義さんのマンガです。エロス&エンタメ色全開のマンガ誌「ヤングアニマル」(白泉社)で連載されており、連載1話目を見たときは、雑誌の色との違いに「え?」となりました(笑)。

 主人公の兵士は、とても気弱なのですが、マンガ家志望であったことから、戦闘で起きることを記録していきます。キャラクターは2頭身で可愛らしくコミカルですが、描写はしっかりしています。目をそむけたくなるシーンもしっかり描いています。そして、主人公のヘタレっぷり、時に見せる底力のギャップが病みつきになります。

 物語は、圧倒的な物量を誇る米軍を相手にするわけで、絶望的でもあります。兵士の生活感も描かれているので、キャラクターと感情を重ねてしまいますが、だからこそ作中で散っていく命にやるせない思いを抱いてしまいます。

◇戦争マンガ 視点多彩に

 戦争を題材にしたマンガは、ここで紹介した以外にも多くあり、バリエーションに富んでいます。その中で上記の4作品を選んだのは、図書館などにもあって手に届きやすいことであろうこと、面白さなどを考慮しました。

 今では反戦とは異なる視点から見るマンガも増えたように思えます。そしてネット社会の発達で、誰もが意見を言えるようになりました。しかし判断するのは、それぞれが、思うべき作品を手に取り、読んで悩んで考え抜き、自分なりの結論を出すべきでしょう。

 そして、これだけ考え方や視点の違う多彩なマンガが出版され、気軽に手に取れるようになった日本。戦時中のような検閲もなく(ネットでも発表可)、好きなマンガが読める平和に感謝したいと思います。そして戦争について考える一助になれば幸いです。

サブカル専門ライター

ゲームやアニメ、マンガなどのサブカルを中心に約20年メディアで取材。兜倶楽部の決算会見に出席し、各イベントにも足を運び、クリエーターや経営者へのインタビューをこなしつつ、中古ゲーム訴訟や残虐ゲーム問題、果ては企業倒産なども……。2019年6月からフリー、ヤフーオーサーとして活動。2020年5月にヤフーニュース個人の記事を顕彰するMVAを受賞。マンガ大賞選考員。不定期でラジオ出演も。

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