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トランプ大統領が取り持つイスラエルとUAEの「和平」合意。次はサウジが焦点か?

川上泰徳中東ジャーナリスト
イスラエルとUAEの和平合意を発表するトランプ大統領(写真:ロイター/アフロ)

 トランプ大統領は13日、イスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)が米国の仲介で関係正常化に向かうことで合意したと発表した。イスラエルとUAEの接近は2018年から水面下で進んでいたもので、この時点で発表となったのは、11月の米国大統領選挙に向けて劣勢のトランプ大統領が外交的な得点を狙ったものとみられる。対イラン強硬策をとる同大統領のもとで、同じ路線のUAEとイスラエルが接近するという対イラン包囲網の強化の意味がある。次の焦点はサウジアラビアが対イスラエル和平に動くかどうかとなろう。

 ホワイトハウスが公表した米国、イスラエル、UAEの共同声明では「イスラエルとUAEの全面的な関係正常化で合意した」としている。両国の代表団は数週間のうちに会合を持ち、「投資、観光、直行便、治安協力、通信、技術、エネルギー、健康医療、文化協力、環境、大使館開設」などについて二国間合意に署名する、という。

◆「ほかのアラブ諸国との打開」は?

 イスラエルとUAEの和平合意については、UAEの支持を得た、トランプ大統領の要求を受けて、イスラエルは「(ヨルダン川西岸)地域に対して主権を宣言することを停止し、その努力をアラブ・イスラム世界との関係拡大に向ける」としている、さらに、3国は「ほかのアラブ諸国との外交的な打開も可能であると確信している」としている。

 トランプ大統領は今回のイスラエルとUAEの関係正常化は、1月に発表した「中東和平構想」とつながるものと位置づけている。共同声明の中で、1月のホワイトハウスでの記者会見の際にUAEの代表が出席し、構想を支持する声明を出したことを米国とイスラエルが称賛したことを強調していた。トランプ大統領の中東和平構想について、パレスチナ自治政府は「和平は終わった」と拒否する態度をとっているが、イスラエルとUAEの和平合意で決定的に追い込まれることになりかねない。

イスラエルとUAEの関係正常化を伝えるUAEのアルバヤーン紙
イスラエルとUAEの関係正常化を伝えるUAEのアルバヤーン紙

 一方のUAEのムハンマド・ビンザイド皇太子はツイッターを通じて「イスラエルはヨルダン川西岸の併合を停止することを合意した。さらにUAEとイスラエルは二国間関係を確立するためのロードマップ(行程表)をつくることで合意した」と発表した。米国が発表した「全面的な関係正常化」という言葉は使わず、イスラエルの西岸併合の停止を先に持ってきてくるなど表現を抑えたのは、国民の間にある反イスラエル感情を意識したものとみられる。

◆UAE紙は抑えた報道

 UAEの英字紙ガルフ・ニュースは「UAEと米国、イスラエルはパレスチナ領土でのさらなる併合を終わらせる合意に達した」という見出しをとり、「関係正常化」と入っていない。同国の主要アラビア語紙アルバヤーンは米国の発表を受けて、共同声明のアラビア語訳を掲載しただけで、論評はなく、UAEでは抑えた扱いとなっている。一方で、サウジアラビアのシャルクルアウサト紙は「米国の仲介によるUAEとイスラエルの和平合意は、イスラエルの併合停止を含む」との見出しをとり、「併合停止」をつけながらも、「和平合意」の言葉を使っている。「和平」という言葉を使うことで、ニュースに対する人々の反応を見ようとする意図があるかもしれない。

 トランプ大統領はコロナ対策で国民の批判を受け、11月の大統領選挙で劣勢となっている。ネタニヤフ首相も汚職疑惑とコロナ対策で批判を受け、辞任を求めるデモが続いている。ともに中東和平を実現し、外交得点を挙げて、支持を上げようという意図が見える。一方、UAEがイスラエルとの関係正常化で舵を切ったことは、トランプ大統領の強い働きかけがあったとみられるが、単に米国の圧力だけでなく、UAEなりの生き残り策の計算もあるだろう。

◆イスラエルと正常化する利益は?

 UAEはサウジとともにイエメン内戦に参戦し、イエメンでの多くの民間人殺傷に関与していることについて、米議会の中にUAEやサウジへの武器売却に反対する声が強いのに対して、トランプ大統領が議会を通さずに両国への武器売却を認める決定をした。地理的にもイランと対峙しているUAEにとっては、米国から武器は安全保障上の要であり、トランプ大統領が大統領選挙で敗北することは死活問題となる。

 和平実現がトランプ大統領の外交上の得点となり、大統領選で有利になるならば、UAEにとっても利益でもある。さらに、イスラエルとの関係を正常化すれば、トランプ大統領が去ったとしても、すでに和平条約を結んだエジプトやヨルダンと同じく、米国の軍事援助を優先的に受けられるようになるという計算もあるだろう。

◆2018年から関係改善動き

 UAEとイスラエルの関係については、2018年12月に、イスラエル軍のアイゼンクート参謀長が11月に2回、UAEを秘密に訪れ、ムハンマド皇太子や同国の軍幹部と会談して、「イスラエルの武器をUAEに売り、近くUAEの軍幹部がイスラエルを訪れることで合意した」との情報が、アメリカのユダヤ人組織「アメリカ・イスラエル公共問題委員会」(AIPAC)筋の情報として、イスラエルのメディアに流れた。

 さらに、2019年1月にはアブダビから飛び立った飛行機がテルアビブに着陸したというニュースがアラビア語インターネットサイト「ハリージュ・オンライン」で流れた。高官筋の情報として、「数日前にアブダビを出発した飛行機がサウジの領空を通って直接テルアビブ空港に着陸した。同機にはアブダビを秘密裏に訪問していたイスラエルの関係者と、UAEの関係者が乗っていた。UAEの関係者はアブドラ外相だと情報があり、ネタニヤフ首相のUAE訪問は近いとの観測が出ている」と書いていた。「ハリージュ・オンライン」は2014年にロンドンで解説された独立系のアラビア語ニュースサイトで、湾岸諸国の新聞、テレビが各国の統制下にある中で、自由な立場で報道している。

◆UAE外相とイスラエル首相が呼応

 その記事には、イスラエルの主要なインターネット・ニュースサイト「Yネット」のイスラエル人記者による、「湾岸から非常に興味深い飛行があった。一機のプライベート・ジェットがアブダビからイスラエルに直接到着した」というツイッター画面を紹介した。「ハリージュ・オンライン」はUAEの飛行機がヨルダンを通らずにサウジの領空から直接イスラエルに入ったことについて、「サウジの了解と同意がなければできないことだ」との見方を示している。

 2019年12月には、UAEのアブドラ外相が、「中東でアラブとイスラエルの同盟が形成されつつある」とツイートした。英国の雑誌で、アラブ人コラムニストが「イランの脅威を前に、穏健なアラブ諸国にとって、イスラエルは、ビジネスや治安協力のパートナーだ」と書いた記事に対する感想だった。そのツイートに対して、ネタニヤフ首相が即座に「私はイスラエルと多くのアラブ諸国のより親密な関係を歓迎する。正常化と和平の時はすでに来ている」と答える場面があり、関係接近を印象付けた。

UAEのアブドラ外相のツイートを引用して、アラブ諸国との関係正常化と和平を呼びかけるネタニヤフ首相のツイート
UAEのアブドラ外相のツイートを引用して、アラブ諸国との関係正常化と和平を呼びかけるネタニヤフ首相のツイート

◆オマーンから始まった関係正常化

 ネタニヤフ首相は2017年11月の演説では、「イスラエルとアラブ諸国との間の実りある関係が概ね秘密であるが、関係は成熟していくことを信じている」と語っていた。2018年にイスラエルと湾岸関係で注目を集めたのは、ネタニヤフ首相がその年10月にオマーンを公式訪問し、カブース国王と会談したことだ。オマーンは公式に訪問を発表し、カブース国王がネタニヤフ首相を迎える場面の動画や写真を公開した。

 オマーンはアラブ諸国の中でも柔軟な外交政策で知られ、サウジやUAEが2016年にイランと国交断絶した後も、イランと良好な外交関係を保っている。一方でイスラエルとの間でも1994年のオスロ合意実施の後、オマーンはイスラエルに通商事務所を開設したこともある。その後、イスラエル・パレスチナ関係の険悪化で、通商事務所は閉じたが、イスラエルとオマーンの間では非公式の外交関係が続いているとされていた。

 湾岸アラブ諸国とイスラエルとの関係正常化ではまずオマーンが先行し、UAEやバーレーンが続くのではとの憶測があったが、2020年1月にカブース国王が死去したことで、不透明になった。オマーンに代わって、いまUAEが出てきたことには、トランプ大統領が11月の大統領選に向けての起死回生の策を打ち、国内外の注目を集める好機と踏んだのだろう。

◆続くのはバーレーンか、本丸はサウジ

 さらに共同声明でも強調している「ほかのアラブ諸国との外交的な打開」については、これまでの流れでは、バーレーンである。ネタニヤフ首相がオマーン訪問の後、イスラエルのYネットは「首相府は次の訪問国はバーレーンだろうと語った」と書いている。イスラエル・タイムズにはコーヘン経済相が1919年4月にバーレーンで予定されている国際会議への招待がきたことを明らかにしたと報じた。実際には、国内やアラブ世界で反発の声が上がったために経済相のバーレーン訪問が実現しなかったが、バーレーン政府がイスラエルとの正常化に意欲を見せていることは明白だった。

 AIPACのフリードマン前会長が「オマーンに続いてネタニヤフ首相が訪れる湾岸の国はバーレーンだ。サウジアラビアがバーレーンに承諾を与えた」と会合で語った言葉は、イスラエルの様々なメディアやレバノンのアラビア語紙、カタールのアラビア語衛星TVアルジャジーラでも引用された。

 しかし、バーレーンは人口の多数をシーア派民衆が占めるため、イスラエルとの関係正常化に踏み切れば、国内が荒れる可能性もあり、UAEに後を追うかどうかは予断を許さない。バーレーンがどのように動くにしろ、イスラエルと湾岸アラブ諸国と関係正常化の本丸は、サウジである。

◆キーパースンはムハンマド皇太子

 トランプ大統領にとっては対イラン包囲でも、パレスチナ和平でも、アラブ世界のキーパーソンはサウジのムハンマド皇太子だった。まだ34歳ながら、病気気味の父親のサルマン国王に代わって実権を握り、女性の運転免許解禁や映画解禁などイスラム保守派の反対を押し切って近代化政策をとっている。

 しかし、一方で言論弾圧や反対者弾圧も過酷で、2018年10月にトルコのイスタンブールのサウジ領事館で起きたサウジ人ジャーナリストの惨殺事件の関与も取りざたされている。ワシントンポストなど主要米国メディアは「米中央情報局(CIA)は殺害はムハンマド皇太子の指令と結論付けた」と報じ、米議会からは皇太子の責任を問う声が出たが、トランプ大統領は「彼はサウジの指導者であり、サウジは我々にとってよい同盟者だ」と、支援する姿勢を変えなかった。

◆ジャーナリスト殺害で汚名

 一方、イスラエル有力紙ハアレツによると、「ネタニヤフ首相はカショギ事件について『事件は恐るべきだが、サウジアラビアはより重要だ』という立場をとるようにトランプ大統領に働きかけた。ムハンマド皇太子はネタニヤフ首相に大きな恩義を受けている」を書いている。トランプ大統領は選挙でも米国の親イスラエル・ユダヤロビーの支持を受け、中東政策では歴代の大統領の中でも極端にイスラエル寄りの立場を取っている。ユダヤロビーに影響力を持つネタニヤフ首相がムハンマド皇太子擁護で動いたことが、トランプ大統領に影響を与えたこということだろう。

 ムハンマド皇太子はカショギ事件の前の2018年3月から4月にかけて訪米した時、ニューヨークでユダヤ人組織の指導者たちと会談した。イスラエル・タイムズによると、会談の中で皇太子は「パレスチナ人は(米国の)和平提案を受け入れて、交渉のテーブルに着く時がきている。そうしないで、不満を述べるのはやめるべきだ」と語ったという。

◆「イスラエル人」の土地の権利認める

 皇太子が2018年3月末に米国を訪問した際、米国のアトランティック誌のインタビューの中で、「イスラエル人にも自分の土地を所有する権利がある」と語っている。「ユダヤ人は祖先が住んでいた土地に民族国家を持つ権利があると思うか」という質問に対して、皇太子は「私はどんな場所でも、どんな民族も、それぞれ自分たちの平和な国の中で生きる権利があると思う。パレスチナ人もイスラエル人もそれぞれの土地を所有する権利がある。しかし、我々はすべての人々の安定を保証し、正常な関係を持つために和平合意を必要とする」と語った。

 このインタビューはイスラエルではサウジの皇太子がユダヤ人の権利を認めたとして大きな注目を浴びた。イスラエル・タイムズは「サウジの皇太子はイスラエルの生存権を認めた」というタイトルで皇太子の発言を引用した。サウジのシャルク・アウサト紙にもインタビューのほぼ全文が掲載され、「パレスチナ人もイスラエル人もそれぞれの土地を所有する権利がある」という下りも、そのまま入っている。それまでのアラブの指導者たちは「ユダヤ人は敵ではなく、敵はイスラエルだ」という理屈だったが、ムハンマド皇太子のように「イスラエル人の権利」を公然と認めたのは異例だった。

◆サウジはどう動くか?

 湾岸アラブ諸国が2018年に先を競うようにイスラエルと接近したのは、そのようなムハンマド皇太子の存在があるだろう。これまでもイスラエルとサウジの関係が水面下で続いていることは、イスラエル側の政治家は暗に認めてきた。しかし、国内に強いイスラム保守派を抱え、メッカ、メディナというイスラム聖地について「二聖地の守護者」を自称するサウド王家が、公式にイスラエルとの和平に踏み切る可能性は低いとみられてきた。しかし、国内ではワンマンのムハンマド皇太子だが、国際的に広がっているジャーナリスト殺害事件の汚名をそそぐために、賭けに出る可能性がないわけではない。

 コロナ禍での米国大統領選の年であり、トランプ大統領、ネタニヤフ首相、ムハンマド皇太子というそれぞれ弱点を抱えた3人の指導者が、中東和平に絡んでいる。何が起きてもおかしくない状況である。

中東ジャーナリスト

元朝日新聞記者。カイロ、エルサレム、バグダッドなどに駐在し、パレスチナ紛争、イラク戦争、「アラブの春」などを現地取材。中東報道で2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。2015年からフリーランス。フリーになってベイルートのパレスチナ難民キャンプに通って取材したパレスチナ人のヒューマンストーリーを「シャティーラの記憶 パレスチナ難民キャンプの70年」(岩波書店)として刊行。他に「中東の現場を歩く」(合同出版)、「『イスラム国』はテロの元凶ではない」(集英社新書)、「戦争・革命・テロの連鎖 中東危機を読む」(彩流社)など。◇連絡先:kawakami.yasunori2016@gmail.com

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