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対シリア安保理決議 また絵に描いた餅になるのか

川上泰徳中東ジャーナリスト
12月13日、ダマスカス郊外の反体制地域ドーマへの攻撃で野戦病院に搬送された少女(写真:ロイター/アフロ)

●野心的すぎる安保理のシリア和平決議

国連安保理でシリア内戦を終わらせるための決議が全会一致で採択された。アサド政権支持のロシアが決議案に賛成したことで、全会一致となったわけだが、2年前の2013年1月に「シリア和平国際会議」「初の直接交渉」と鳴り物入りで開催されながら、何の成果もなかった「ジュネーブ2」の二の舞にならなければいいが、と思う。しかし、2年前と比べても、和平の展望が開くような見通しを全く持つことができない、というのが率直な印象である。

今回の安保理決議で注目されているのは、国連が主催するシリア政権と反体制派の間の協議で話し合う政権移行プロセスの時間的なスケジュール、つまり次のようなロードマップ(行程表)が記されていることである。

・2016年1月初めにアサド政権と反体制派の間で政治的な移行プロセスについての交渉を開始。

・6か月以内に「信頼性があり、包括的で、民族や宗教に縛られない統治機構」の樹立。

・新しい憲法制定を進め、18か月以内に、新憲法に沿って自由で公正な選挙を実施。

それにしても、4年半の内戦で25万人が死に、400万人以上の難民が出ている最悪の内戦の現状と、これまで国連も安保理も、内戦終結にいかに無力だったかを考えれば、余りにも現実離れしたスケジュールである。ロードマップは安保理が和平協議を主宰する国連事務総長に求めた努力目標であり、当事者であるアサド政権と反体制派に対しては、何ら拘束力はない。

●決議は、大国の外交的パフォーマンス?

決議採択についての新聞やテレビの報道をいくつか見たが、いずれも<「安保理で全会一致は画期的」だが「和平の実現は疑問」>という論調である。内戦を終わらせることが重要なのであるから、悲劇を終わらせる一歩とならなければ、安保理で全会一致したことは、単に大国の外交的パフォーマンスに過ぎなくなる。

この決議に基づく政治プロセスが失敗しても、既に地に落ちている安保理の信頼性が損なわれるだけではない。ジュネーブ2が失敗した2014年1月、シリア内戦の死者は10万人だった。この二年間で15万人と倍以上になった。和平プロセスの挫折した後には、双方が相手を非難して、更なる戦闘の悪化や民間人の悲劇をもたらす。安保理にも、国連にも、さらにメディアにも、そんな危機感はあるのだろうか、と大きな疑問を抱かざるを得ない。

●部分的停戦さえ実現できなかったジュネーブ2

ジュネーブ2では私も現地で取材した。米、露、 英、仏、独、伊、中、アラブ諸国など39カ国が参加した。日本も外相が出席した。国際会議の後にアサド政権の代表団と反体制派「シリア国民連合」の代表団の間で、途中、中断をはさんで一週間ほど2回の交渉が行われた。しかし、会議のあまりの不毛さに驚いた。和平交渉の前段で「信頼醸成措置」として焦点となったシリア中部のホムスでの停戦の合意さえもできなかった。

ホムスの停戦問題は、旧市街に立てこもっている反体制派武装勢力と、逃げ遅れた民間人家族が、政権軍に包囲され、食糧不足など人道危機が起こっているため、停戦を実現して、民間人を安全に外に避難させるという話だった。ジュネーブ2で政権側と国民連合の協議が始まった時は、それは「信頼醸成措置」であって、移行政府樹立という本題ではなく、すぐにでも実現するという空気だった。しかし、一週間協議しても、合意に至らなかったのである。

ところが、交渉が一旦中断になった後で、ホムス旧市街からの民間人の避難は実現した。政権がシリア国内の国連とだけ協議をして、国連が武装勢力側との間にたつという形で民間人の避難が実施された。政権軍によるホムス旧市街の包囲攻撃による民間人の苦境は当時、国際的な注目を集めていた。政権は単に国民連合との合意という形をとるのを嫌ったということである。

和平交渉と言っても、政権にとっても、国民連合にとっても、「交渉という形の戦い」ではある。しかし、交渉での信頼醸成の機会をつぶすなら、和平交渉に参加する意味もない、と思ったものだ。そもそも停戦は、政治交渉のための「信頼醸成」という前段的な位置づけではなく、それ自体を、紛争終結に向けた第1の関門として、安保理も国際社会も取り組むべきだとも考えた。

●政権は反体制派を交渉相手と認めない

ジュネーブ2の失敗について、私が当時、現地で政権側代表団と反体制派代表団の双方の主張を聞いていて感じたのは、政権側が「国民連合」を和平協議の相手として認めていなかったため、ということである。政権は「国民連合」が反体制派を代表して和平交渉に参加することに疑問を呈し、合意の対象としないという姿勢が一貫している。

政権がジュネーブでの反体制派との協議ではなく、紛争の現場で、反体制派地域への包囲攻撃や空爆によって軍事的な圧力を加えて、力で停戦を実現するとなれば、延々と紛争が続き、市民の苦難が続くことになる。戦争、紛争を終わらせる和平交渉は、相手を交渉のパートナーと認めることから始まる。反体制派との交渉に出てきながら、相手との信頼醸成の合意を拒否していては、和平交渉に話が進むわけもないのである。

もちろん、国民連合が内部で分裂し、実際に反体制地域で戦う様々な武装組織を統率していないという問題点は存在する。しかし、それは反体制派の態勢や足並みの乱れという内部事情の問題であって、反体制派が存在しないということではない。和平交渉を考えるうえで、内部分裂を抱えながらも、国民連合という国際的に認知された反体制派の代表組織が存在するということが重要なのである。すでに国土の30%しか支配していないアサド政権が、国民連合は反体制勢力を真に代表していないなどと主張できるはずもないのである。

●決議で触れられていない「アサド問題」

今回の安保理決議では、政権側と反体制側の間の最大の争点である移行プロセスでのアサド大統領の立場や役割については何ら触れられてない。それが決議の最大の問題であるような解説が多いが、ロシアも入れて全会一致で「シリア和平決議」を採択するためには、やむを得ない結果である。

シリア国営通信は同国のジャアファリ国連大使が「シリアの政治交渉が成功するためには、集団的に、積極的にテロとの戦いを行う必要がある」と語ったと伝えた。さらに「シリア政府(政権)はシリア人の武装勢力が国民和解を達成するために武器を放棄すれば、我々も攻撃を止める用意がある」という言葉を引用している。

シリア政権の主張は、アサド大統領は国際社会のために「対テロ戦争」を実行しているのであって、移行政府樹立の過程で辞任するという考えはないということである。一方で、国民連合の主張は、アサド政権こそ、多くの民間人を殺害した戦争犯罪を犯の張本人というものだ。

国民連合のインターネットサイトではムハンマド・マクタビ事務局長が決議採択直前に「アサドの排除を保証しない、どんな政治的な解決も、過激派組織の(反対)宣伝に使われるだけだ」と語り、「5年にわたって樽爆弾や化学兵器を使用し、数万人の市民を拘束するようなアサドの戦争犯罪は、ISやテロ組織が存在する前からあった」という主張を引用している。

●和平プロセスの進展ではなく、停戦の実施を

政権側と国民連合の主張や立場は全く異なるものである。決議でアサド大統領の責任や進退について触れていない以上、政権側と反体制派の間で交渉をしても、アサド問題が議題になる可能性もないと考えるしかない。しかし、「移行政府の樹立」は、大統領の進退問題と切り離しては考えられない。そこに、ロードマップを巡る大きな矛盾がある。

日々、死者が出ている中で、和平の前提も条件も存在しないところで、安保理がいくら野心的な「ロードマップ」も出しても、全く絵に描いた餅に過ぎないということである。つまり、ロードマップ通りに和平プロセスが進まないことを想定して動く必要がある。ロードマップの実施に向けて政権側と国民連合の側で、不毛な非難合戦を繰り返すのではなく、停戦の実施と、停戦実施に伴う紛争地域への人道物資の搬入という流血と民間人の犠牲を止める方策を政治交渉の課題として掲げるべきである。

政権と国民連合の交渉と、国際社会の働きかけによって、内戦の日々の暴力が軽減し、人々が一息つくことができれば、初めて政治プロセスの意味が、人々に実感されることだろう。日々、戦闘が続いている状況では、国外で会議をしている国民連合が現地の武装組織や人々に影響力を持つことができるはずがない。政治プロセスを動かさないで、国民連合の影響力に疑問を呈するのは、本末転倒の議論である。

●政権による樽爆弾使用を止める働きかけ

さらにいま、米欧が最大の課題としている「ISへの対テロの戦い」を考えるうえでも、アサド政権軍による反体制派への無差別空爆や樽爆弾の投下によるおびただしい犠牲は、ISによる暴力をかすませるほどの数である。政治プロセスの中で停戦を実施し、民間人の流血と犠牲を止めない限り、欧米による対テロ戦争の呼びかけさえも、説得力を失いかねない。

今回の安保理決議でも、決議の後段で、「停戦と政治プロセスは密接に関連しており、並行して行われるべきだ」とし、停戦監視の必要について記している。具体性がなく、いかにも2次的な位置づけであるが、政治プロセスを破綻させないためには、むしろ、停戦実施をいかに実現するかが、現実の課題となるはずだ。

政権軍には空爆や樽爆弾使用の停止を求め、反体制派による砲撃なども停止させて、地域ごとに停戦を実施すべきである。反体制地域で3000人以上の市民の犠牲を出しているとされる「樽爆弾」の使用停止は、安保理が2014年2月に使用禁止を求める決議を採択しており、重要な課題となる。

アサド政権は「樽爆弾」使用を否定しているが、国際的な人権団体からも政権軍による樽爆弾の使用を裏付ける画像などが出おり、フランスやスペインなどからアサド政権の樽爆弾使用を非難する安保理決議案を提案する動きがある。ロシアは決議には反対を表明しているが、和平交渉の再開とともに、改めて停止できるかどうか、政権に対するロシアの働きかけが求められることになる。

シリア和平の実現に向けた国連安保理決議が採択された後では、和平が破綻した時に負の反動を考えれば、この決議に意味がないとはいえない。地域的で部分的な停戦や包囲攻撃の解除と食糧などの搬入、樽爆弾攻撃の停止など、人々が和平に向けて動き始めたことを実感できるような措置が生まれるかどうかに政治プロセスの成否がかかるだろう。

中東ジャーナリスト

元朝日新聞記者。カイロ、エルサレム、バグダッドなどに駐在し、パレスチナ紛争、イラク戦争、「アラブの春」などを現地取材。中東報道で2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。2015年からフリーランス。フリーになってベイルートのパレスチナ難民キャンプに通って取材したパレスチナ人のヒューマンストーリーを「シャティーラの記憶 パレスチナ難民キャンプの70年」(岩波書店)として刊行。他に「中東の現場を歩く」(合同出版)、「『イスラム国』はテロの元凶ではない」(集英社新書)、「戦争・革命・テロの連鎖 中東危機を読む」(彩流社)など。◇連絡先:kawakami.yasunori2016@gmail.com

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