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ロシア空爆参加で見えたシリア内戦の構図と米国の誤認

川上泰徳中東ジャーナリスト
シリアの反体制地域でロシアの空爆で破壊されたとされる建物(写真:ロイター/アフロ)

空爆でアサド軍との連携

ロシアが9月下旬から「イスラム国(IS)」を攻撃するという名目でシリアへの空爆を開始した。7日にはロシア海軍がカスピ海からの26発の長距離巡航ミサイル攻撃をシリアに向けて行った。ロシアの空爆はIS以外の反体制組織の支配地域への空爆も報告されており、ロシアは「反政権」であれば、ISと自由シリア軍の区別はない。

プーチン大統領は攻撃について「(我々の軍事行動は)シリア軍の地上での軍事行動と歩調を合わせている。ロシア空軍はシリア軍の軍事行動を効果的に支援することになろう」と語り、ロシア軍の空爆の目的を示した。シリアの反体制系の人権組織「シリア人権監視団(SOHR)」は7日付で、「ロシア軍はハマやイドリブの郊外で40回以上の空爆をし、政権軍と政権系民兵組織の地上での激しい攻撃と連動しており、反体制勢力と激しい戦闘があった」とロシア軍と政権軍の連携を現場からの報告で裏付けている。

政権軍の春以降の劣勢の挽回のため

ロシア軍が空爆に乗り出したことについて、ワシントンに本拠を置く戦争研究所は8日発表のリポートで「米国への事前警告もなく、カスピ海からイラクの領空を通過する巡航ミサイルを発射するなどNATOへの露骨な挑戦を行った」と意味づけている。シリア内戦への対応を越えた軍事的意図があるのは疑いがないが、アサド政権との関係で言えば、政権軍が春以降、反体制勢力にイドリブを奪還されるなど劣勢となっている状況を挽回するためという見方が一般的だ。

政権軍は2013年春以降、地上戦でレバノンのシーア派武装組織ヒズボラの戦闘員の加勢を得て、6月にシリア西部でレバノン国境に近い戦略要所クサイルを奪還し、さらに反体制派が抑えていた中部の都市ホムスに攻勢をかけ、2014年5月にはホムス市内から反体制派の兵士や住民を撤退させた。しかし、2015年春以降、反体制派の攻勢が始まり、政権軍が抑えていたイドリブは3月にイスラム系反体制組織連合のファタフ軍に奪還された。

ファタフ軍はアハラール・シャム(シリア自由人イスラム運動)やアルカイダ系のヌスラ戦線、さらにシリア反体制組織の「シリア国民連合」にも参加する穏健派イスラム組織のシリア・ムスリム同胞団ともつながりがあるシャーム(シリア)軍団など、反体制イスラム組織が集まったもので、サウジアラビアやカタールなどの湾岸諸国から資金が来ているとされる。

深刻な兵員不足で国防戦略を変更

アサド政権軍が劣勢となったのは、反体制イスラム組織が共同歩調をとったことと、政権軍の兵員不足である。ワシントンに拠点をおく戦争研究所の推計では、内戦前に30万人いたシリア国軍は2014年の段階で15万人から17万人と半減した。内戦によってこれまでに8万人近くの兵士と政権系戦闘員が死亡し、さらに反政府勢力への寝返りや懲役の逃避が起きているためという。

別の反体制系の人権組織「シリア人権ネットワーク(SNHR)」のリポートによると、アサド政権は2014年10月に、兵員補充のために28才から35歳までの予備役の徴収を始めたが、応じないものが多く、12月までの2か月間で、道路検問などで予備役に応じない約3700人が逮捕されたという。

それでも、政権軍の兵員不足は改善されず、アサド大統領は今年7月下旬の演説の中で、「我々はある地域を放棄して、重要地域に軍を集中的に投入する必要がある」と語り、その理由を「人員不足がある」と明らかにした。戦争をしている時に、大統領が「兵員不足」による国家防衛戦略の転換を表明するのは、事態はよほど深刻と考えざるを得ない。

政権地域で広がる兵役拒否の動き

私は9月下旬にイスタンブールの旧市街アクサライ広場に集まるシリア難民の取材をしたが、話を聞いたシリア人の中に「シリア人同士で戦うのは嫌だ」と、予備役を拒否して逃げてきたという28歳の若者がいた。シリア中部のホムスの政権支配地域に住んでいたが、昨年10月に予備役の召集令状が来たために反体制地域に逃げて、トルコ国境にたどり着いたという。まさにSNHRのリポート通りであり、そのような実例に簡単に出会ったことは、問題の広がりを実感した。その若者は「政権地域から逃げてくる若者の多くが、兵役を拒否するためだ。自分の周りにもたくさんいた」と語った。

SOHRの報告によると、今年3月までの4年間のシリア内戦で、21万5千人が死亡し、うち民間人6万5千人▽政権軍・民兵7万8千人▽反体制勢力6万3千人――という内訳で、シリア政権軍兵士の死者が多いことが分かる。私が会った若者は「シリア人同士戦いたくない」と言ったが、平和主義というよりも、「死にたくない」というのが本音だろう。政権側で数千人が検問なので逮捕されているということは、その何倍もの人間が逃げて難民化していると考えるべきだろう。

戦闘正面は精鋭部隊に依存

政権軍は国軍の兵員不足と指揮の低下を補うために、重要な軍事作戦は共和国防衛隊や特殊部隊など精鋭部隊、さらにはヒズボラに頼ることになっている。さらに2013年以来、政権系の民兵などを再編して国民防衛隊(NDF)をつくり、都市の警備や交通ルートの警備などの治安維持を担わせている。しかし、NDFの中心的任務は政権支配地域の防衛であり、前線での本格的な戦闘任務には向かない。戦争研究所の分析では、政権軍が攻撃作戦で使える精鋭部隊は6万5千~7万5千人規模という。ロシア軍の空爆と連携して、攻撃をしている部隊も、その中から来ているだろう。

しかし、この規模では、限られた前線で限られた期間戦うことはできても、今年の春のように、多方面から一斉に反体制勢力の攻勢を受けたら対応できなくなる。結局、住宅地への空爆や樽爆弾の投下など、空軍力を使っての無差別攻撃で、反体制地域を破壊、荒廃、混乱させる戦略を継続させるしかなくなる。ロシアが空爆に参加して空から政権軍の支援をしても、現在の防衛線を維持することがせいぜいで、支配地域を広げることは物理的に無理ということになる。

米国の反体制派支援策の失敗

一方で米国が5月から5000人規模を目標に「穏健な反体制派」の軍事訓練と武器提供プログラムを開始したが、9月下旬には米軍はプログラムを停止したという。訓練できる人員が集まらないことや、提供した武器がアルカイダ系組織に流れるなどが理由という。イスタンブールのムスリム同胞団系ジャーナリストによると、「米軍はイスラム勢力の弱体化を狙って世俗派を強化しようとするが、そのような手法は米国への不信感を強め、反体制派の支持を得ていない」と語った。

「穏健な反体制派」と言えば、政権軍から寝返った将兵でつくられる自由シリア軍が頭に浮かぶ。米軍は自由シリア軍の中でも、「世俗派」人材を選んで強化しようとしているという。しかし、自由シリア軍自体が軍団の寄せ集めでしかなく、アサド政権軍と戦うためには、アルカイダ系のヌスラ戦線やイスラム系のアハラール・シャムと共闘するしかない。

米欧と反体制派の間にある優先度の乖離

反体制派にとっては、「政権打倒」が第一で、世俗派かイスラム派かという区別自体が重要なものではなく、それを区別しようとする米国や欧州諸国の考え方とは、決定的な乖離がある。反体制派は組織的にも思想的にもバラバラで、統率はとれていないが、「反アサド政権」では足並みがそろっている。さらに政権軍が支配地域を維持するために、反体制地域に容赦ない無差別空爆を加えて破壊と殺戮を続けていることが、反体制勢力の穏健派を過激化させるという悪循環を生んでいる。

米国が「穏健な反体制派」を支援しようとしたのは、アサド政権打倒のためではなく、「イスラム国」との戦いのためだが、反体制派は穏健派であれ、過激派であれ、アサド政権打倒が最優先であり、政権打倒のためならば「イスラム国」とでも共闘するという姿勢が一般的だ。それだけアサド政権による反体制地域の破壊が甚大ということである。対「イスラム国」か、対政権か、という優先順位で、欧米と反体制派は決定的に食い違っている。

政権軍による無差別空爆による犠牲

私は5月の記事「イスラム国」の陰にある本当の問題」<http://bylines.news.yahoo.co.jp/kawakamiyasunori/20150513-00045687/>として、SNHRの統計を基にした反体制地域での死者の今年1月から3月までの集計で、アサド政権軍による死者74%、ISによるものが9%、残りがそれ以外の勢力によるという数字を示した。同じ集計で7月―9月の3か月間では、死者総数4794人、政権軍によるもの3623人(76%)、ISによるもの537人(11%)で、傾向はほとんど変わらない。

SNHRは集計では「シリア軍とISの死者は特定することができない」として両者の死者を除外していることを明記している。しかし、集計から反体制地域での現実は明らかであり、この状態で、反「政権」の戦いよりも、反「IS」の戦いを優先する「穏健な反体制派」を支援しようとする米国のプログラムに人が集まらないことは、当然である。米軍は訓練対象で「世俗派」を選ぼうとしたのだろうが、それが5か月間で破綻したことは、米国が考える「穏健な反体制派」のとらえ方に基本的な事実誤認があると考えるしかない。

ロシア参戦で穏健派が過激派と共同歩調へ

さらに米国や欧州の反体制支援での誤認は、ロシアが参戦し、アサド政権を支援するために、反体制派も「イスラム国」も区別しない空爆を始めたことで、改めて明らかになった。シリア反体制組織「シリア国民連合」の中で強い影響力を持つシリア・ムスリム同胞団は「ロシアとの戦いは『ジハード(聖戦)』だ」と宣言した。ロシアの参戦は、反体制穏健派を、ISとの共闘さえ厭わないイスラム過激派に接近させ、過激化させることになるだろう。そうなれば、反体制派への支援を掲げる米欧の足場はますます危うくなっていく。

この流れが進めば、米国は「穏健な反体制派」の支援だけでなく、いずれ「反体制派」そのものへの支援を停止しなければならなくなるだろう。

米国に求められる戦略の見直し

流れに歯止めをかけ、米国が反体制派をつなぎとめて、シリア内戦と中東での影響力を維持するためには、米国がロシアに反体制派地域への空爆の停止を求めて圧力をかけるしかない。それが両国の軍事的な緊張をいたずらに高めるだけにならないためには、米国とロシアがアサド政権と反体制派の和平交渉の実現で協力するという枠組みが必要であり、両者の停戦を実現して、ロシアが反体制地域を空爆する理由をなくすしかない。

反体制派には政権との和平や停戦を拒否する過激派が存在するが、逆に言えば、政治交渉が動き始めれば、反体制派の中の穏健派と過激派の分離が始まり、「イスラム国」との亀裂も広がるはずだ。

ロシアのシリア内戦参戦は、ソ連崩壊以来初めて、中東の軍事的政治的なプレーヤーとして復権を目指す動きであり、中東をめぐる新たなパワーゲームの始まりともいえよう。シリア内戦対応で、足場も視点も定まらない米国は、反体制との関係構築で戦略の見直しを迫られることになろう。

中東ジャーナリスト

元朝日新聞記者。カイロ、エルサレム、バグダッドなどに駐在し、パレスチナ紛争、イラク戦争、「アラブの春」などを現地取材。中東報道で2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。2015年からフリーランス。フリーになってベイルートのパレスチナ難民キャンプに通って取材したパレスチナ人のヒューマンストーリーを「シャティーラの記憶 パレスチナ難民キャンプの70年」(岩波書店)として刊行。他に「中東の現場を歩く」(合同出版)、「『イスラム国』はテロの元凶ではない」(集英社新書)、「戦争・革命・テロの連鎖 中東危機を読む」(彩流社)など。◇連絡先:kawakami.yasunori2016@gmail.com

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