ブンデス2連続ゴールをマーク。東山高校・恩師が語る鎌田大地がいま活躍できる理由

(写真:アフロ)

Jリーグ再開日が発表された日本に先駆け5月16日から再開されているブンデスリーガで嬉しいニュースが届く。鎌田大地(アイントラハト・フランクフルト所属/1996年8月5日生/180cm/72kg)がブンデスリーガ2連続ゴールをマーク。5月26日にブンデスリーガ初ゴールを決めた鎌田大地は、5月30日開催のブンデスリーガ第29節で、スタメン出場し、1-1の85分に決勝ゴールを挙げ、チームを勝利に導いた。高みを目指しプレーし続ける鎌田大地。これまで出会った人たちは、彼をどう信じ、成長を待ったのか。高校時代の恩師である福重良一監督(京都 東山高校)が、鎌田大地との思い出をたっぷり語る。

(取材協力:Noriko NAGANO)

[キャプテン]

「大地がキャプテンに立候補したときは、彼がキャプテンになったら、とんでもないことになると思いました。それまで、自分のことしか考えてなかったり、わがままなところがあったりしたので。でも、なにより、自分からキャプテンをやると言ったことが人間的に成長した。僕は彼に賭けたんです。結果的にチームも成長した。彼のプレーヤーとしてのレベルも上がりました。彼の大きな転機になったと思います」

[体格の変化]

「高1で178cmくらい、2年、3年で180cmに伸びたかな。横は華奢だったのが、年を追うごとに体幹がしっかりしてきた。彼はサッカーが好きやから、食べることも一生懸命、自分なりに工夫してやっていました」

「3年になってからは特に、キャプテンとして変えなあかん部分を目に見える形で変えていきました。彼は尼崎から京都まで通ってたんですけど、朝7時から来て、体幹を鍛えていました。それは、試合に出てないチームメイトが朝練に来て一生懸命やってるのに、自分は家が遠いから朝練をせーへんのはあかんって言って」

[目標]

「1年のときにできなかったことを3年になったときは絶対やる、チームとしての目標は選手権に出て東山高校の名を上げること。個人としてはプロ、世界で活躍できる選手っていう目標を明確にもってましたね」

「大地に足りなかったハードワークや切り替えについては僕も指導したし、プロになるために必要やってことを彼に言うと、すごく素直に理解した。基本的に彼は人の話を聞く。ただ、それを受け入れるか受け入れないかは別なんですけど、それを判断するための話は聞きますね」

[プロ経験者としての伝授]

「プロには絶対こうっていうのはないと思うんです。プロで成功した人もいれば、失敗した人もいる。彼に合う、彼がプロで活躍するためには、こういうことが必要だろうという感覚で話をしていました」

「3年間でいえば、大地が3年のときはインターハイも選手権も出られなかったんですけど、プレミアで大地は得点ランキング4位になったり(高円宮杯U-18 2014 プレミアリークWEST 4位タイ 10ゴール)、プレー的には順調に伸びていったと思います」

「ヘディングで点が取れるようになったり、ハードワークするようになったり、課題を克服できるようになった。高校時代はまだまだ物足りなかったですけどね。それが、今フランクフルトでは、もうぜんぜん違いますよね。泥臭くスライディングしてでも突っ込んだり、体を投げ出したり。プロは結果が生命線やから。そこが高校のときはまだわかってなかった。能力はもってたし、ちょっとずつではあるけど、高校レベルではハードワークできるように成長してた」

「もっともっとやってもらいたいとこはあったけど、入学したときに比べたら、すごくやってくれてた。彼がセットプレーで点を取れるのは大きかったですね。練習試合も含めて、フリーキックでかなりの点数を取ってました。フリーキックの精度が高いのは、自主練の成果やろうし。それが今、フランクフルトでキッカーを任されてる。高校時代にやってなかったら、今そんなことないやろうし」

東山高校時代の恩師・福重良一監督(写真提供:福重監督)
東山高校時代の恩師・福重良一監督(写真提供:福重監督)

[ストロングポイントとウィークポイント]

「彼はパスの選択で、安全なパスを選択するときがあった。自分がうまくいってないときに安定感を求めるのかわかんないですけど、『そこは自分のストロングやからミスしてもやれ』って結構言うたかな。ストロングをより成長させるために、『とられてもええからもっと狙え」ってよく言ってました」

「ハードワークや切り替えのとこで言えば、こんなことがありました。3年の新人戦は準決勝で負けたんですけど、そのときの準々決勝で大地は累積警告になって、準決勝に出られなかったんです」

「その準々決勝で、僕が退場になるくらいの暴言をレフェリーに吐いた。なんでかっていうと、前線にいた彼は、味方がパスミスをして奪われたボールに対して、相手の中盤選手の後ろからスライディングしてボールをつついたんです。味方のプレーに対して必死になって追いかけてスライディングしたら、イエローカードをとられた。そのときに、レフェリーにはかわいそうなんですけど、『こいつが世界で戦うために必要なことをやってんねん。なんでイエローやねん!』って言った。彼が変わろうとしてるのに何をしとるんだと。しかも相手はこけてるわけでも、ケガをしてるわけでもないのに。ずっと彼に求めていた攻守の切り替えで、彼は一生懸命、課題を克服しようとしてるのにっていう思いでした」

[ライバル]

「そのときサンガにいた奥川雅也くん(オーストリア レッドブル・ザルツブルク所属)とかエスパルスにいた北川航也くん(オーストリア SKラピード・ウィーン所属)とか同年代のストライカーの名前をよく言って、エスパルスと練習試合するときも、あー航也おるとか言ってました。そこには負けたくないっていう、個人的にライバルやったんでしょうね」

[プロへの練習参加]

「大地が初めてJリーグの練習参加をしたのは2年のときでした。プリンスリーグの活躍を見てエスパルスに呼んでもらった。チームが彼をとってくれるかよりも、彼が本当にプロでできるんかなとすごく興味があって僕も練習を見に行ったんです。初めて練習参加する選手はびびってできひんとか聞いてたんですけど、彼は普通にできたんですよ。そのときゴトビ監督(アフシン・ゴトビ 現・中国の石家荘永昌監督)に、また時間があったらすぐ来いと言ってもらって、数日後にスカウトから、ゴトビがほしいと言ってくれてるって聞いて、彼はプロでできるんやと、より思いました」

[サガン鳥栖の評価]

「鳥栖の練習参加に行ったのは3年の夏くらいです。当時のスカウトの牛島さんは評価してくれてましたが、飄々とやってる大地に一生懸命さがないって言われて、クラブのまるがつくのが遅かったんです。大地はどんなときも飄々とやるので、いい評価をもらえなかったりする。U-22とかオリンピックの代表合宿に呼ばれたときには、僕は『大地は噛まないと味が出ないんで噛んでください』って言うてました(笑)」

[選手権で見せた鎌田の成長]

「大地が3年のとき、最後の高校サッカー選手権、決勝戦で京都橘に負けた。自分が目標としてた選手権に負けて悔しくて打ち砕かれてるときに、東山に勝って万々歳の相手応援席に行って、大地がすごくいい話をしてくれた」

「その内容は、日本一を目指して全国に出ることを目標にしてたけれど、それと同時に京都橘を倒して出ることが目標だった。僕らは京都橘に勝つためにずっとやってきて、それができなかったけど、こういう目標をもってやることによって僕たちは成長できたので、京都橘に感謝していると感謝の言葉を述べた。それを聞いてジーンとして、彼の成長にうるっときた。ああ、人間は3年間でこんなに成長するんやと」

「プロ行ってからの大地は、鳥栖最後のセレモニーも、点を取ったときのヒーローインタビューも、すごくちゃんとしゃべれてると思うんですよ。内容もしっかりしてるし。僕はいつもそれを心配していて、キリンカップとかに行って記者の方が取材してくれたときに、『大地しゃべってますか?』と聞いたら、マスコミ対応でもしゃべれるようになったって聞くと、すごく嬉しいんですよね。高校に入って最初のころは、『大地なんにもしゃべらへんやないか』『お前、何を教えとんねん』って僕が怒られたりしたけど、それでも3年間で成長したし、Jリーガーになって、ブンデスリーガーになって、その間にも、大地はプロとして必要なものを身につけるようになった。すごく成長しているのを感じます」