心をバリアフリーにするXboxのCM。現代の"いい広告"とは何か? を考える

マイクロソフトXboxのCM"We all win."より

東京2020大会まで1年を切り、五輪関係のキャンペーンがさらに増えてきた。パラアスリートを起用したものも目にする。重度障がいのある人が国会議員になる時代。ハンディキャップのある人たちに、企業がどういった姿勢で向き合うか? というのも関心の高いテーマだ。

国際クリエイティブ祭「カンヌ・ライオンズ2019」でも、ジェンダー・イコーリティや人種差別、地球環境、銃問題などとともに、障がい者に対する企業の取り組みやキャンペーンに注目が集まっていた。

マイクロソフトが年に一度の「スペシャルCM」で伝えたかったこと

「『マイクロソフトで働いてる』って人に言えることを、こんなに誇らしく感じたことはない」

YouTubeに投稿された1本のコマーシャル動画のコメント欄に、こんな書きこみをしている人がいた。おそらく社員なのだろう。8月上旬現在、2940万回以上再生されているこのCMは、マイクロソフト(Xbox)がおおよそ半年前に公開したものだ。

ここでコマーシャルされているのは、ゲーム機本体ではない。Xbox用の「アダプティブ・コントローラー」である。 手が不自由なプレイヤーでも自在にカスタマイズでき、ゲームが楽しめると謳う画期的なプロダクトだ。ユーザーの身体コンディションに合わせて様々な入力機器を組み合わせて使う。足でも操作できるという。

CM映像は、このコントローラーを使っている男女6人の子供たちと家族へのインタビューで構成される。そのあいまに彼らがゲームで遊ぶシーンがインサートされる。無心にゲームを楽しみ、歓声をあげる子供たちの表情が印象に残る。

一人の男の子の父親は涙ぐみながら次のように言う。「ゲームをしているときうちの子は、友だちとフィジカルな交流ができるんだ。プレイ中は違いなんてないんだよ」。

これがこのCMにこめられたメッセージだ。子供たちや家族へのインタビューで引き出された数々の言葉が、最後のキャッチコピー"When everybody plays,we all win.(みんなが遊べるようになれば、すべての人が勝つ)"に落ちていく。

派手なCMではない。だが、よく見ると演出や編集に熟慮を重ねた巧みな映像になっていることに気づく。

例えば、子供たちが何のゲームをしているかはCMから一切わからない。プレイ中のモニターを一瞬でも映し出したら、この企画は台無しになっただろう。商品をことさら強調して描くこともしていない。使い方や仕組みの解説もない。

そしておそらく映像の作り手は、この子供たちをどこにでもいそうな"ふつうの子"として描くことに力を注いでいる。

アダプティブ・コントローラーは、障がい者をサポートする活動を行う団体などとマイクロソフトが協力しながら、数年がかりで開発したものだという。商品自体が画期的だが、ここまでの共感を得られたのはクリエイティブの力あってのものだろう。観る人の心をバリアフリー化する映像として完成度が高い。 

CMを流すメディアの選び方も興味深い。この商品は万人向けのものではない。だがマイクロソフトはこのCMをインターネットで流すためだけに制作したのではなく、最初は短縮版をテレビに流した。それも「スーパーボウル2019」のCM枠内で。

スーパーボウルは、毎年全米で1億人超が視聴すると言われるアメフト(NFL)の決勝戦。国民的"お祭り番組"である。

中継のあいまに、50社を超える企業が力の入ったスペシャルCMを流すイベントとしても知られており、試合の翌日には複数のニュースサイトがそれぞれの人気ランキングを発表するほどだ(このCMは今年軒並みベスト3以内に入っていた)。

スーパーボウルはCM放送料の高額さで話題になることも多く、30秒枠で日本円に換算して5億円とも6億円とも噂される。いわば世界で一番重要な広告スペース。ゲーム機の販促にダイレクトにつながるCMを流すこともできたはずだが、その枠を用いてまで、マイクロソフト(Xbox)がこのCMをオンエアしていることは注目に値する。

障がいのある人々にデザインライフを

北欧発の家具ブランド「IKEA」も、Xboxと同じく"アダプティブ"な商品とブランディングに力を入れている。IKEAのイスラエル支社が中心となって行っているのが、「ThisAbles」というデザインプロジェクトだ。

「(身体が)不自由である」を意味する英語の"Dis-able"にひっかけて、「これでできるようになる(This ables)」という意味を持たせている。

ドアやカーテンの開け閉めをする、棚の物を取る、ソファに座る、テーブルライトのスイッチを押すーーこういった日常の何気ない動作も、身体に障がいのある人たちにとってはひと苦労の作業である。

そこでIKEAは、障がい者をサポートする活動を行うNGOとコラボレーションし、ユーザーへのヒアリングも重ねた上で、家具(IKEA商品)の使いづらさを軽減する13の付属アイテムを開発。特設サイトで3Dプリンティング用の無償データを公開している。

障がいのある人向けの家具や生活用品は、様々なプロダクトが発売されているが、ユーザーのコンディションに合わせてカスタマイズすると高価になるケースが多いようだ。一方、「ThisAbles」プロジェクトが提案する一連のアイテムは、シンプルで安価につくることができる。

例えば、カーテンやドアにつける補助取手や棚のものを見えやすくする鏡、クッションのファスナーにつける大きめのリング(チャックの金具を指でつままなくても開けられる)など、日本の100均ショップにある商品で代用できそうなものも多い。

だが、デザインはIKEA。そこがポイントである。北欧風の家具をリーズナブルに楽しむことができるこのブランドらしさが、どのアイテムにも出ている。

つまり、これらは「障がいのある人たちのクオリティ・オブ・ライフを、デザインの力で向上させたい」という同社の考え方をプレゼンテーションするコンセプト商品なのだ。

マイクロソフトとIKEA。業種は違うが、世界的にビジネスを展開する大企業が、ある意味では"似た"プロジェクトを行い、その取り組みを伝えるキャンペーンに力を入れていることがおわかりいただけると思う。

"いい広告"ってどんなもの?

前回、前々回も含め、カンヌ・ライオンズ2019で高く評価された事例群から、マーケティング業界における世界の潮流を探ってきた。

・社会的メッセージ性の高い広告に効果はあるか? 世界の潮流から考える

・「広告」で法律を変える。"宣伝"を超えた現代の企業PR

繰り返しになるが、これらは「企業の成長」と「社会課題の解決」の両立を目指したPurpose型のブランドコミュニケーションである。現地のセミナーなどでも、このテーマが議論の中心になっていた。

誤解を招きやすい点だが、企業が主体となって"ボランティア"をやっているわけではない。考え方の根底にあるのは合理的・戦略的なビジネス発想だ。熾烈な競争環境の中で、社会と握手しながら成長の芽を育てる。それこそが目的(Purpose)である。賛否はともかく、その点は指摘しておきたい。

筆者個人の見解として、日本でもこういった発想でマーケティング(市場創造)を行う企業がもっと増えたほうがいいと考えている。現状、そういった試みが少なすぎるからだ。

高齢化、格差化、人口減少、過疎化そのほか様々の社会課題は、やがて企業の課題につながるものでもあり、今後ある種のイノベーションが起きなければ、マーケティング産業は衰退する一方となる。そう考えるとカンヌ・ライオンズは、新しい企業コミュニケーションの可能性を実験する場として適している。

だが、昨年もレポートしたように、フェスティバルをウオッチしていると、日本のカルチャーやマーケットと海外(主に欧米圏)のそれとの乖離が年々大きくなる印象を受ける。

わかりやすいデータを挙げると、年を追うごとに日本の受賞数は減っている。2014年の受賞数48をピークに減少に転じ、今年はついに17となった(昨年は22)。

一方で、"経済大国"である日本は、同フェスティバルでの世界有数の大量出品国でもある(2019年は世界7位/参加90か国のうち)。多くの企業がそれなりの投資をしている。だが、世界の平均受賞率は3%であるにもかかわらず、日本に限って見ると1.7%と低い(2018年は世界平均3.6%・日本2.0%)。

もちろん多くの広告表現は、ドメスティックなマーケットに向けてのものであり、その意味ではカンヌで受賞するものが、必ずしも"いい広告"とは言えない。国内外問わず一部見受けられるのだが、あからさまに受賞だけを狙ったキャンペーンには意味がない。

そもそも「広告クリエイティブに賞が必要なのか?」という議論もある。欧米圏で優れたマーケティング施策を行う企業の中にも、ポリシーとしてこういった"お祭り"とあえて距離を置く会社もある。もちろんのこと、受賞しないものの中にも"いい広告"はある。

では、"いい広告"というのは、どんなものなのだろう?

そういったテーマを一度真剣に考える時期が来ている、というのが今年現地取材をしての感想だ。日本はクリエイティブのいい人材も多いのに、なぜ企業はうまく活用できないのか? という素朴な疑問を持ち続けている。