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2018年の話題CMを振り返る。ハズキルーペが拡大して見せたもの

河尻亨一編集者(銀河ライター主宰)
ハズキルーペのCMが話題に。キャンペーンは書店でも展開(筆者撮影)

2018はどんな年だったか? 今年は平成最後の年ということもあり、ニュース等でも「振り返り企画」を多く目にする師走だった。この記事では、今年話題になったCMのいくつかをご紹介しながら、去りゆく一年を振り返ってみたい。広告や企業のキャンペーンには、時代や世相を鮮やかに映し出すものもある。

ハズキルーペは拡大率高い。いろんな意味で

今年なんと言っても目立っていたのは、メガネ型拡大鏡「ハズキルーペ」のキャンペーンである。テレビでのオンエア量がすごいが内容もすごい。商品に対する絶大な自信がCM全体にみなぎっているのである。

渡辺謙が「ハズキルーペをかけると世界が変わる!」とまで言ったかと思うと、菊川怜はウインクしながら「ハズキルーペだーい好き」と手でハートマークをつくって見せる。最近オンエアされているバージョンでは小泉孝太郎が「ハズキルーペ、すごい…」と絶賛。

タレントが商品をむやみに褒めるだけでなく、機能アピールのほうも忘れない。商品の強度を伝えるため「尻に敷いても壊れない」実演シーンをインサートするなど小技がてんこ盛りなのだ。

60秒の長尺CMを通じて全力で商品プッシュ。つまり商品の出し方もやたら"拡大率"が高い。

こう言うと、「コマーシャルなのだから、商品をクローズアップするのは当然なのでは?」と思われる方もいるだろう。しかし、実はこれ、昨今ちょっと珍しいことである。世に流れる多くのCMでは、商品よりタレントのほうが目立って大きく見える。人気タレントが出演していることで話題にはなるが、「で、なんの広告だっけ?」というケースは意外と多いのだ。

記事で読んだのだが、このシリーズはCMのクリエイティブ・ディレクションを、ハズキカンパニーの会長兼CEOである松村謙三氏みずからが手がけているという。そういうこともあって"本来の主役"たる商品が、くっきり見えるのではないだろうか? 

もちろんそのことで、一部視聴者による「ウザい」「クドい」というリアクションも招いてしまうわけだが、ある意味ではCMの王道とも言えるド・ストレートなアプローチ。その潔さが逆に好感を持って迎えられ、オンエア量の多さも相まってSNSでもネタとなり、若い層にまで広まったのでは? と推察する。公式YouTubeチャンネルを見ると、現在公開中の2編とも約100万回の視聴数になっている(2018年12月末現在)。

タレントをたくみに脇役(引き立て役)化して商品訴求に成功しているという意味で、ハズキルーペのCMにはライザップに近い匂いを感じる。ライザップの赤字転落も今年のビッグニュースだったが、同社によるCMシリーズはこの5年でもっとも"効いた"キャンペーンだったのでは? と筆者は考えている。あえて分類するならハズキルーペも、"結果にコミット系"のCMなのだ。

ハズキルーペのCMがクローズアップしているのは商品だけではない。このCMが拡大して見せてくれているのは、実は日本の高齢化だ。いくら効果的なCMをつくって大量にテレビで流そうとも、その商品を必要としている人がいなければモノは売れない。年間100億円とも噂される広告宣伝費をかけるのにはそれなりの理由がある。拡大鏡のCMがクルマのCMより話題になってしまうのが、我が国のいまということなのだろう。

ドロンジョとブラックジャックが結ばれるとき

高齢化と同時進行する、晩婚化あるいは未婚化も時代のトピックだ。内閣府による「平成30年少子化社会対策白書」によると、2016年には婚姻件数・婚姻率ともに「過去最低」を記録、今後も大きく伸びそうな気配はない。

そんな時代に結婚を考える男女は、どこでどうやって出会うのか? 結婚相談所のパートナーエージェントが展開したキャンペーンも今年話題となった。これもある種の"タレントCM"ではあるが、出演しているのは人ではない。ドロンジョとブラックジャックだ。

往年の人気漫画やアニメのキャラクターをCMに起用するのは、2000年代に入って顕著になった手法ではある。実写化やデフォルメも含め、キャラ起用はいまや広告表現の常道だ。懐かしの漫画やアニメが多いのも、視聴層の高齢化と関わりがあるのかもしれない。近頃よく目にするドコモの「一休さん(いっ・きゅー・ぱっ)」などもこの手のCMである。

そういった一連のキャラものコマーシャル群の中でも、このパートナーエージェントのCMはよくできている。キャスティングの妙と言うか、ドロンジョとブラックジャックという異色の取り合わせと、この二人が向き合って「婚活マッチング中。」というシチュエーションが面白い。

人生にワケあり感漂う二人の会話は弾むこともなく、かみ合わない言葉のキャッチボールの中でなんとか相手を見定めようとしているのだが、その感じがとてもリアルだ。ちなみにドロンジョは「NGO団体職員」という設定になっている。

徹頭徹尾ハイテンションで商品をプッシュするハズキルーペと比較すると、こちらは不気味なほどの静かさ。そこから垣間見えるのは、それぞれの広告表現がターゲットとする世代間のギャップだろうか。パートナーエージェントは広告制作のプロにも評判が良いようで、「ACC 東京クリエイティブアワード」はじめ広告賞でも高く評価されている。

働き方改革、楽しくないのはなぜなんだ?

「テンションや温度が低い、あるいはユルい」は昨今の若者向けCM表現全般の傾向でもある。求人情報サイト・インディードのCMにも、先にふれたパートナーエージェントに共通する低温感がある。斎藤工と泉里香が節分の鬼やら雛人形、七夕には織姫彦星などに扮して「♪仕事探しはインディード~」と歌うあのシリーズだ。

求人系サービスのCMというものは本来、仕事への「やる気」や「本気」を全力でアピールしてきそうなものだが、インディードによるこのシリーズの場合、タレントの演技や最後の決め台詞も含めて、全体的にほどよく脱力しているところがネット時代ぽくていい。これはCMのつくり手サイドによる、時代を踏まえての計算だろう。

そもそもこの二人、CMの中でほとんど動かない。もしかすると、このサービスの主なユーザー層は「働く」という行為に、みなぎるエネルギーや情熱といったものを求めてない若者たちなのかもしれない。

それもまた時代だ。ハロウィンの時期にオンエアされたCMで二人はドラキュラのコスプレをしていたが、「何その格好?」と問う工藤に対して、なぜか泉が「働き方改革」と答える。ハロウィンも仕事なのか? わからないわけではないが何かがズレてる…。このやり取りには笑った。

いや、笑っていてはいけない。「働き方改革」は時代のシビアなテーマだ。2017年夏から公開されているシリーズではあるが、ソフトウェア開発会社のサイボウズが、創業20周年を記念して制作した長尺アニメCM(ネット動画)は、日本人の働き方について考えさせられるグッドキャンペーンだった。

CMのコンセプトは「働き方改革、楽しくないのはなぜだろう」。みんな本音ではそう言いたいが、なんとなく口にしづらい。サイボウズはそんな絶妙なところに問いを投げてきた。イソップ童話をパロディ化したこのネットCMでは、アリとキリギリス(ともにサラリーマンという設定)が、「残業」や「女性活躍」「イクメン」などをテーマに職場の「あるある」を、ほかの虫たちとの"ぶっちゃけユルい"会話の中から浮き彫りにしていく。

ここでは今年春に公開された「第4話 複(副)業編」を紹介しよう。

ビアガーデンで仕事帰りの一杯を楽しむ、アリとキリギリス、そしてホタルの部長と若手。二人のホタルはどうやら照明機器関連の会社に勤めているようだ。飲みながら部長が若手に説教をしている。

「このエル・イー・デー(LED)の時代によお、蛍光灯一本で頑張ってるのは、我々ゲンジ・ライテックのみなわけよ。ね?」。恐縮しながら「わかります」と答える若手に部長は、「わかってないよ。わかってたら複業がなんたら、とか言い出さないよ!」などと、取引先であろうアリとキリギリスもいる席でネチネチ責める。

どこの会社でも見られそうな光景、そしてハズキルーペが似合いそうな部長である。うるさいがどことなく憎めない感じというか…。この後に続くオチもちょっと気が利いているので、興味ある方はぜひご覧いただければと思う。パートナーエージェントの「ドロンジョとブラックジャック」同様、広告賞でも評価された完成度の高いクリエイティブだ。

人生100年時代。宇宙人ジョーンズも古希をこえた

「働き方改革」に絡めた広告はサイボウズ以外でも目にしたが、あえてか偶然か、このタイミングで「休み方改革」を打ち出してきたのは、サントリーの缶コーヒー「BOSS」のキャンペーンだ。確かに「残業時間短縮」が達成されたとしても、空いた時間に「何をしていいのかわからない」というのでは、せっかくの改革の意義も薄かろう。

1993年(平成5年)に発売されたこの商品は、もともと「働く男の相棒」というコンセプトで企画されたものである。その年から日本は、のちに「失われた20年」と呼ばれる低成長期に突入した。BOSSが俳優トミー・リー・ジョーンズをCMに起用して以降で考えても、もはや12年。流行り廃りの激しい広告業界において、驚くほど息が長いシリーズになっている。そして宇宙人ジョーンズもすでに70代。"人生100年時代の相棒"の風格がにじみ出ている。

今年話題になっていたり、広告賞での評価が高かった5つのCMから2018年を振り返ってみた。広告主の業種も表現の手法、トーンも様々だが、それらを比較することで見えてくる社会的メッセージがある。それが広告ウオッチのひとつの醍醐味だ。

「少子高齢化」や「働き方改革」と同じくらい重要なトピックである「地域創生」についても、CM表現を通じて読み解いてみたかったが、長くなってきたのでこのテーマは年越しさせたい。近頃は筆者も老眼というのか? ハズキルーペが必要なお年頃になってきた。慌ただしい師走の日々から振り返ると、その遠景に平成というひとつの時代がぼうっと霞んで見える。

編集者(銀河ライター主宰)

編集者、銀河ライター。1974年生まれ。取材・執筆からイベント、企業コンテンツの企画制作ほか、広告とジャーナリズムをつなぐ活動を行う。カンヌライオンズ国際クリエイティビティフェスティバルを毎年取材。訳書に『CREATIVE SUPERPOWERS』がある。『TIMELESS 石岡瑛子とその時代』で第75回毎日出版文化賞受賞(文学・芸術部門)。

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