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「金なら払う」罵倒、恫喝、隠蔽三昧パワハラ王国日本の末路

河合薫健康社会学者(Ph.D)
(写真:イメージマート)

すべての社員が、家に帰れば自慢の娘であり、息子であり、尊敬されるべきお父さんであり、お母さんだ。そんな人たちを職場のハラスメントなんかでうつに至らしめたり、苦しめたりしていいわけがないだろう。ーーー

これは厚生労働省が設置した「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」のワーキンググループが、2012年1月に公表した報告書の最後に書かれていた言葉である。

あれから10年。いったいいつまで「職場のハラスメントなんかで」苦しめられる「人」を量産しつづける社会が続くのか。

パワハラの存在は認められない?

3月だけでも、沖縄医療生活協同組合労働組合、宮崎消防局、滋賀県野洲市などで起きた“パワハラ”に関する問題が報じられている(興味ある人は検索してみてください)。

私の周りでも、パワハラで悩み、深く傷つき、うつになったり、退職を余儀なくされる人があとをたたない。

最悪の場合、命を追い詰めるパワハラ問題は、極めて深刻なテーマだ。

なのに・・・、パワハラがなくならないのだ。

さすがに、数年前には企業のあちこちに巣くっていた、

「昔はパワハラなんて、日常茶飯事だったよ」

「そうそう。僕も目の前で上司に原稿破られたりしたよ」

「今だったら完全にパワハラになるんだろうけど、愛があったもんな」

「ある意味ああいう行為って、愛情表現でもあるわけだし」

 などと、堂々と「上司のパワハラ」を「愛情だった」と笑いながら話し、懐かしそうに振り返る輩は消えた。

しかし、「愛があればなんでも許される」という間違った価値観は、「パワハラと指導の境界線が難しい」という、一見すると「部下思い」のような言葉に変わり、今や「パワハラの存在は認められなかった」という組織を守る見解にまで発展している。

社内のハラスメント相談窓口に、「パワハラ」以外の何物でもない許しがたき行為の数々を詳細に記録し、証拠になりそうなメールなども添えて相談しても、「ハラスメント行為は確認できない」と、にべもない15文字で幕引きにされたり、「ハラスメントはあったかもしれないが、内部調査では一切なかった。加害者とされる人は多少不慣れな対応もあったかもしれない」などと、まどろっこしい言い逃れをするのだ。

パワハラの一部を認める場合でも、双方ともに口外しないことを条件に、解決金を払うことですませようとする。

被害者はキャリア人生をめちゃくちゃにされ、家族まで壊されてしまったりする人もいるのに、会社側は「騒ぎにしてほしくないから金を払います」と、なかったことにしようと必死なのだ。

「ハラスメント保険」の契約件数が8万に迫り、15年度に比べて4倍以上に拡大したのも、パワハラ撲滅ではなく、いかに丸く収めるかにプライオリティを置いているからであろう。事前より、事後対処。かつて、過労死や過労自殺が社会問題化したときに、長時間労働の撲滅ではなく、「亡くなった社員の家族への対応マニュアル」が密かに役員たちに配られたときと同じだ。

そもそも、会社は何のために「相談窓口」を設けているのだろうか。

昨年、11月。佐川急便の男性営業係長が、上司2人からの度重なる叱責によるパワーハラスメントなどを理由に、営業所で自殺していたことが明らかになった時も、社員が亡くなる2カ月前に内部通報があったことがわかっている。

別の部署の管理職から、

  • みんなの前で、朝礼で叱責される
  • 「なめ切っている」「うそつき野郎はあぶりだすからな!」などのメッセージが送られている
  • 直属の上司から「うそつくやつとは一緒に仕事できねえんだよ」と言われ、机の前に立たされて40分以上叱責を受けている

など、信じがたい行為を2人の課長が行っていたという事実を、他の社員たちも目撃していたのに、内部通報を受けた同社の管理部門は、“2人の課長”にヒアリングをしただけで、「被害者」を守ることをしなかった。

パワハラを受けていた男性は亡くなる前日、妻に「仕事がキャパオーバーだし、明日からどうしよう」と漏らしていた。そして、翌朝、営業所で悲しい選択をした。

相談窓口は伝統芸か?

本来、相談窓口は被害者を守るために存在するのに、相談窓口が守ったのは「加害者」であり、「会社」だった。

厚生労働省の「職場のハラスメントに関する実態調査」では、8割の企業が「ハラスメントの内容、ハラスメントを行ってはならない旨の方針の明確化と周知・啓発」および「相談窓口の設置と周知」を行っていると回答している。

一方で、「相談窓口担当者が相談内容や状況に応じて適切に対応できるための対応」の割合は、すべてのハラスメント(セクハラ、マタハラ、パワハラ)において、たったの4割だった。

「適切に対応できるための対応」って? 文言が複雑すぎて理解するのがかなり難しい。だが、至極シンプルに理解すれば、「国がうるさいし、世間体もあるからさ、とりあえず相談窓口を設置したけど~、うまく機能させるのは難しいよね~」と考える企業が6割もいるってことなのだろう。少なくとも私はそう理解している。

何か問題が起こる→社会的問題になる→国が動く→「さぁ、相談窓口を設置しよう!」――。

相談窓口設置はもはや日本の伝統芸能の域に達しているのでは? と思うこともしばしば。

結局、日本は30年近く変われなかった。その間、欧米ではハラスメント対策を進め、法律を作り、罰則を作り、今や世界各国が「パワハラ撲滅」に動いているのに。日本は「人権」より「企業の体裁」という独自路線を進んでいる。

2019年6月、国際労働機関(ILO)は「働く場での暴力やハラスメント(嫌がらせ)を撤廃するための条約=ハラスメント禁止条約」を採択したが、ILOでは加盟する国ごとに、政府2票、経営者団体1票、労働組合1票の計4票が与えられ、日本政府と労働組合=連合(日本労働組合総連合会)が「賛成票」を投じたのに対し、経営者団体=経団連(日本経済団体連合会)は「棄権」。しかも、連合は「批准」を求めているのに、政府は「批准」していない。

その理由とされているのが、条約に組み込まれた「禁止」という2文字への日本政府のアレルギーだ。

条約は、ハラスメントを「身体的、精神的、性的、経済的危害を引き起こす行為と慣行など」と定義し、それらを「法的に禁止する」と明記している。つまり、日本の「パワハラ防止法」には、「禁止規定」や「罰則規定」がないし、加える動きもないので批准できない。識者からは散々「実効性がない」「パワハラ禁止を規定せよ!」と声が上がったのに最後の最後まで規定を入れず、これだけパワハラで人生をめちゃくちゃにされた人が後を絶たないのに、改正する動きもない。

日本同様に「パワハラが多い」とされる韓国でも、2019年7月、改正労働基準法が施行され、職場でのいじめ行為の禁止が法制化されたのに、日本では議論さえ行われていないのだ。

韓国では、ハラスメント対策が不十分な雇用主には、最長3年の禁錮刑や最高3000万ウォンの罰金が科せられる可能性があり、ハラスメントによって労働者に健康被害が生じた場合の賠償請求権も保障されているという。

ジェンダー問題しかり、最低賃金しかり、ハラスメントしかり……。どれもこれも「人の尊厳」という、ごく当たり前に守られるべき問題なのに、「人」がないがしろにされ続けている。

この国はいったいどこに向かっているのか?

大企業が対象だった「パワハラ防止法」が、2022年4月から中小企業にも拡大する。

何のためにパワハラを撲滅する必要があるのか? 教育との線引きが難しいというけど、怒るは指導になるのか? パワハラが「どういう職場で起きているのか?」など、企業側が正面から向き合ってほしい。

罵倒、恫喝、隠蔽三昧て、「大切な社員」を傷つける先にあるのは、「会社の自殺」なのだからして。

健康社会学者(Ph.D)

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。 新刊『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか』話題沸騰中(https://amzn.asia/d/6ypJ2bt)。「人の働き方は環境がつくる」をテーマに学術研究、執筆メディア活動。働く人々のインタビューをフィールドワークとして、その数は900人超。ベストセラー「他人をバカにしたがる男たち」「コロナショックと昭和おじさん社会」「残念な職場」「THE HOPE 50歳はどこへ消えたー半径3メートルの幸福論」等多数。

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